2021年03月21日

◎米国の"孤児列車事業Orphan Train"開始1854年を描いた小説「孤児たちの遠い旅」、ストリートチルドレン、チャップリン、「ザ・ビートルズ:Get Back」

今朝ベッド中で読んだ、
実話を元にした孤児たちを連れて西の農村地帯を訪問する里親探しの列車旅が
予想していたよりも面白かったので、紹介する。
当時(小説は1854年)、米国の東の大都市に溢れていたのが移民の子である孤児たち
一方、西の農村地帯では早死にで子ども(息子、娘)を失った親が多く子どもを欲していたらしい
(小説の脚色は、主人公の姪&叔父や写真家、劇団、黒人奴隷の逃亡と列車事故のシーンなど)
(今風の言い方だと、孤児たちは「ストリートチルドレン」)
(この小説は里親探しの旅がテーマだから、孤児にとって里親に相応しい人だったのか、というその後までは踏み込んでいない。それを匂わせていたケースとしては、付添い責任者である主人公エマが引き取り希望者に断っている)
ジェームズ・マグナソン/ドロシア・G・ピートリー、野口迪子/訳「孤児たちの遠い旅(原題:Orphan Train)」(1981/11/1、「世界ベストブックス」(日本リーダーズダイジェスト社)に収録)
◆原題「Orphan Train)」で検索したら、英辞郎によると
「《the 〜》孤児列車(事業)◆アメリカ東海岸の都市にいた孤児を、養子に出すために中西部に列車で移送した事業。1854〜1929年にかけて行われ、約20万人の孤児が移送された。◆orphan trainとも表記される」

◆巻頭の作品「孤児たちの遠い旅」紹介文
「19世紀半ばのニューョークの街には、乞食や浮浪児たちがあちこちにたむろしていた。そこで一人の篤実な牧師の発案により、みなし児列車≠ェ誕生した。孤児たちに温かい食事と家庭を与えてやろうという企図だ。27人の孤児を引率するのは牧師の姪エマ・シムズ。エマは心臓発作で倒れた叔父に代わって、その大役を引き受けたのだ。子供たちを乗せたみなし児列車≠ヘ受人れ家庭を求めて西へ西へと走って行く。」
◆作品本文前の解説
「一八五四年、児童援助協会は最初のみなし児列車≠走らせた。
 ニューヨークの街から集められた二七人の孤児たちは、明るい未来を、新し い家庭を求めて一台の有蓋貨車に乗り込んだ。一行の責任者は牧師の姪エマ・シムズ。
 孤児は一人、二人人と、停車する先ざきで養子にもらわれていく。が、同時にエマの頭を悩ませるさまざまなトラブルも引き起こす。孤軍奮闘するエマもしだいに心細くなり、不安は募る……。そんな彼女を、陰になり日向になって助けるのが、同じ列車に乗り合わせた写真家のフランク・カーリン。そして、エマもいつしかフランクに心ひかれていくようになるのだった――
 人の愛とは何か、勇気とは、責任感とは何か――二七人の孤児たちの世話をしながらしだいに自立してゆく一人の女性の姿を感動的に描くノンフィクション・ノベル。」
◆作品末の解説から後半を抜粋
「一八五四年から一九〇四年までの間に、児童援助協会はおよそ一〇万人の児童を西へ送り出し、彼らに農村地帯での新しい生活を見つけてやった。それら児童の多くは、当時アメリ力へ殺到して来た移民の子供たちである。親たちの中には、苦しかった旅の疲れがもとでアメリカ到着直後に死ぬ者がいたし、また人口過密の都市の中で家族を養うだけの職業にありつけず、路頭に迷う者も少なくなかった。その結果、浮浪児≠ェ街にあふれたのである。彼らはダンボールの箱の中や家いえの戸ロをねぐらにし、売子になったりくず拾いをしたり、あげくのはてには盗みや売春までして、辛うじて自らの口を糊していたという
篤実な一牧師の発案で始まった、みなし児列車≠燻桙ェ経っにつれ速度を落とし、一九〇〇年代の初めには止まってしまった。児童援助協会も新たな時代の要求にこたえ、その方針・事業内容を改めていったのである」
◆「子供たちを受け入れてくれる後援者≠広く一般から募るちらし」
「CHILDREN Without Homes」(家庭の無い子どもたち)
「CALL AND SEE THEM」(呼んでください、そして彼らを見てください)
「MERCHANS,FARMWES」(商人、農民の皆さん)
advertisement.jpg
★Orphan Train (英語Wikipedia) ※日本語翻訳アドオンが必要
https://en.wikipedia.org/wiki/Orphan_Train
Google翻訳「ブレースは、ストリートチルドレンがニューヨーク市での生活の貧困と堕落を去り、代わりに道徳的に直立した農家によって育てられれば、より良い生活を送ることができると信じていました。拡大する農地での労働の必要性を認識し、ブレースは農民がホームレスの子供たちを歓迎し、彼らを彼らの家に連れて行き、彼らを彼ら自身のものとして扱うと信じていた。彼のプログラムは、現代の里親養育の先駆者であることが判明するでしょう」

"移民"と"捨て子"繋がりで久しぶりに視たチャップリン
移民船が着いたのはニューヨーク
『チャップリンの移民』(The Immigrant)1917年の公開
★The Immigrant(移民者)- チャーリー・チャップリン
https://youtu.be/IJ1feen-3mI

『キッド』(The Kid)1921年に公開
★Charlie Chaplin - The Kid (uncut-full length 1921)
https://youtu.be/0wg7QjQztlk


短いけどノリがよいので興奮する演奏と和気あいあいの映像!!
★「ザ・ビートルズ:Get Back」先行特別映像|2021年8月27日(金)世界同時劇場公開!
https://youtu.be/OzW8ZRVD0H8

★ビートルズ映画『ゲット・バック』 未公開映像に興奮特別映像から読み解く『ザ・ビートルズ:Get Back』(前編)**NIKKEI STYLE-3/5
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO69186880X10C21A2000000
「5分程度の短い映像なのにファンたちが興奮したのは、そこに見たことがないビートルズの映像が詰まっていたから」
「19年1月30日の製作発表では、新しい映画は「タイム・マシーンに乗って1969年に戻り、スタジオで4人がすばらしい音楽を作っている現場に居合わせたような体験が楽しめる作品で、時空を超えたライブビューイング・ショーだ」とも語っていた」
「4人は69年1月2日に新曲を持ち寄ってトゥイッケナム・フィルム・スタジオでリハーサルを開始。ライブ開催までの過程をテレビ・ドキュメンタリーにすることも想定して、セッションのようすはすべて録音・録画されることになった。こうして後に「ゲット・バック・セッション」と呼ばれることになるプロジェクトが始まるのだ」
「ゲット・バック・セッションは、69年1月2日から31日までほぼ1カ月にわたって続き、前半のトゥイッケナム・フィルム・スタジオでのセッションと後半のアップル・スタジオでのセッションに大きく分けることができる」
★ビートルズの新作映画 旧作との違い、特別映像で検証特別映像から読み解く『ザ・ビートルズ:Get Back』(中編)**NIKKEI STYLE-3/12
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO69307100Q1A220C2000000
★映画『レット・イット・ビー』の誤解、新作への期待特別映像から読み解く『ザ・ビートルズ:Get Back』(後編)**NIKKEI STYLE-3/19
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO69311130R20C21A2000000

※特定のページへのアクセス数が1日100件を超えると驚く
今回の急増は何故なんだろう!!
◎ブラウザ「Pale Moon」を試しに導入、アドオン「Googlebar Lite」を使うために《2020/2/3追記》Waterfoxでアドオン復活
http://yumenoya.seesaa.net/article/471464018.html
最新版Pale Moonで急に元Firefoxのアドオンが使えるようになった、とは思えないから…不思議
posted by yumenoya at 22:23| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。