2015年06月17日

重厚な傑作・一ノ関圭「鼻紙写楽」を紐解く(ネタバレ注意)その一

 「鼻紙写楽」が到着したのは6/4のこと。この紐解き文章を書き始めたのは6/15からです(アップしたのは6/17午前2時)。なお当方は、肝心の歌舞伎や浮世絵についての知識はほぼゼロ(一ノ関圭『茶箱広重』と忘れてしまったけど北斎についての小説ぐらいか。迫力のある月岡芳年は好き)。ただ中村仲蔵については落語で読んだ(聴いた)ので、定九郎の記憶はあるという程度。戯作者に関しては井上ひさし「戯作者銘々伝」をかなり昔に読んだくらいだが、江戸の庶民生活については昔から結構関心があるので川柳も含め解説書はそこそこに。


 最初の流し読みは届いた6/4に終わった。この一回目は、疑問などが浮かんでもあまり悩まずに、単行本の掲載順に沿って大まかな話の流れを掴もうとしました。疑問はたくさん残りましたが、久々に読み応えのある作品を読んだなというのが最初の感想です。

 二回目は雑誌掲載順に読み始めましたけど、次のことを意識していました。
 単行本を読む前の6/1のブログに記しましたが、2001年夏の雑誌予告では「みぢか夜の夢」となっていたものが、同年12月発売の雑誌には違う作品「牡丹芍薬 第1幕 初鰹」(単行本では"幕間「初鰹」")が掲載されましたので、当初予定だった「みぢか夜の夢」とはどんな作品なの?と、作者の中で起きたであろう作品構想の変化を読み解くことです。
 また一回目はあまり戻らずに読みましたけど、今度は疑問点や謎があまり残らないように結構精読しました。気になる点についてはネットで調べながら。(A4用紙4枚のメモ)

 そして三回目は単行本の順を基本に、進むのも戻るのも勝手し放題で、作品世界と歴史上の事実とを比較しながら読み、作者の創作部分を整理すること。残った疑問と謎を紐解くこと(作者は巧妙な伏線をちゃんと用意してくれているので、しっかり読めばほとんどは解けるはず)。そして作者の全体構想(その変化も含め)に肉薄する(したい)ことを意識しつつ。(表ソフト・エクセルに整理)(追記:読み返したらキリがないので、一応一段落ということで再読を中止しました。でも短期間にこれほど読み返した作品は我が人生で初めてですから、それほどワクワクさせる傑作なのでしょう。カバーの汚れるのが嫌なので、カバーをはずして読みましたが、本体の表紙・裏表紙・背はすっかり色落ちしてしまいました。百回以上は手にしていますから手汗で本体の印刷消え・色落ちも当然なのでしょう)


 結論の一つを言うと、作者がまだ語っていない、直截には描いていない、秘匿している設定の謎はいくつかありますが、その一つは解けました(と思う)。私の思い至った設定にしないと多数の伏線は成立しないというのが、その謎についての私の結論でした。
 「鼻紙写楽」を作者が読者に挑戦した推理ドラマだとすると、読み解くのは読者ですから、この私の結論は秘匿します。私の読みを念頭に読んだならば、この謎を解明するために何度も読むという愉しみは無くなってしまいますから。
 これ以外はネタバレですので、これから「鼻紙写楽」を読みたいと思っている方は、決して読まないようにお願いします。作者が折角用意してくれた伏線に気付く楽しみが無くなっちゃいますからね。


当初予告された「みぢか夜の夢」と実際に掲載された「牡丹芍薬 第1幕 初鰹」、そして構想の変化
 上で紹介したブログに記してありますが、新作予告が出された雑誌の巻頭カラー特集は「一ノ関圭の世界」で、
"先日岩波書店より出された『絵本 夢の江戸歌舞伎』の一部などが紹介。
その解説によると、1992年の『クレソン』以降、氏はマンガを発表していないとのことだが、
江戸歌舞伎の世界をテーマにした作品を構想中
"と(追記の注:これは当時2001年の掲示板に私が書いた文章の転載です。)

 『絵本 夢の江戸歌舞伎』の頃の一ノ関圭さんをうかがわせる貴重なインタビュー記事がありました。
著者に聞く第二弾 『夢の江戸歌舞伎』 服部幸雄氏・一ノ関圭氏-KABUKI TODAY
http://homepage3.nifty.com/kejokoku/book/script/yume_no_edokabuki_script1.htm

 江戸歌舞伎の舞台や楽屋裏などを勉強・知悉した一ノ関圭を、小学館(ビックコミックSPECIAL増刊 特集時代歴史コミック)の編集者が口説いてくれたのでしょう、ほぼ十年振りの新作です。(「鼻紙写楽」の奥付では珍しいと思いますが編集者の氏名が列挙されています。ファンとして皆々様方に感謝です)

 何故予告「みぢか夜の夢」を違えて「牡丹芍薬 第1幕 初鰹」に変わったのか?単純ですが、作者の中で「みぢか夜の夢」の構想が膨らみ過ぎて締切に間に合わないことになり、かと言って予告していて延期はファンに申し訳ないと、「牡丹芍薬 第1幕 初鰹」を掲載することに。(単行本では幕間扱いで収録し本編のエピソードでもある)
 すると延期された「みぢか夜の夢」は?「牡丹芍薬 初鰹」のほぼ二年後に掲載されたのが、「鼻紙写楽 第二場 卯之吉 その二」の部分ですから、その原型が「みぢか夜の夢」だったとまず考えるのが普通でしょう。これまた単純発想ですけど…。

 手元にこの掲載雑誌2冊が無いので、単行本化の時にセリフなどが変えられている可能性があり、厳密な検証はできないけれど、元の題名からある程度の類推はできます。私が勝手にそう推理しただけなんですけど。
 ネットで調べると"みじかよ(短夜/みじか夜)"は季語で、夏の夜の短さ、はかなさを惜しむ気持ちを重ねているそうです。「みぢか夜の夢」にぴったりなのが、蔦屋の台詞「安永・天明年間を通して戯作界をひっぱってきた武家作家たちがここにすべて退場しました。」「これからは町人の時代ですよ。」で、これは「鼻紙写楽 第二場 卯之吉 その二」の結びの言葉です。更に拡大すると"田沼時代"とダブらせることも、活躍期間の短い"写楽"も連想できます。また雑誌が無いので確認は不能ですが、連載を謳っていない読切り掲載だったとしても、謎の女"りは(りわ)"についての消化不良は残りますけど、それもありかなと。

 更に最初の掲載"牡丹芍薬"という題名についてですが、"牡丹芍薬"で連想するのは皆と同じで「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」という言葉。美しい女性を形容する言葉が何故題名なのか?
 「鼻紙写楽」を読んで一番目立つ女性キャラクターは成田屋の美人姉妹の妹"りは(りわ)"で、"成田屋の二ツ玉"(源さん(源蔵/後の四代目鶴屋南北)は「一つで二倍威力のある火薬」と解説)と呼ばれており、伊佐次との出会いシーンでもある菊之丞事件では助六風に同心に喧嘩を吹っ掛ける無鉄砲な男勝りです(昔の映画だと中村錦之助の一心太助ですなあ)。そしてこの「鼻紙写楽」で一番謎の多いのが"りは(りわ)"ですから、私は本作の主人公は"りは(りわ)"だと思っています。
 ウィキペディアWikipediaで市川團十郎(7代目)を調べると判ることですが、「母は五代目市川團十郎の次女すみで、生後間もなく六代目團十郎の養子となる。」とありますから、本作の"りは(りわ)"は7代目の母となります。「牡丹芍薬 第1幕 初鰹」の中のセリフに「似てきやがったぜ顔立ちが。おやじの写楽によ。」とありますから、「第三幕 仲蔵 その二」のラストシーンの夜に"りは(りわ)"が7代目を身ごもったことに。"りは(りわ)"は登場しない「牡丹芍薬 第1幕 初鰹」ですが、「おやじの写楽によ。」と"りは(りわ)"を匂わせていますから、当初の"牡丹芍薬"は別段不思議ではありません、"りは(りわ)"が主役なのですから。男に生まれたかった"りは(りわ)"の行動にはまだまだ謎が多いですが、それは続編を期待するしかありません。
 現時点で考えると、構成に変化はあったが「牡丹芍薬 第1幕 初鰹」は作者にとっては、写楽と7代目の母とを予告するための予定行動だったと考えることもできます。

 "りは(りわ)"と"伊佐次(後の東洲斎写楽)"が結ばれるシーンで、1階にいる猿助は「お嬢に指一本さわるんじゃねェ!!」"くされ絵師""捨て絵師""鼻紙絵師"と叫んでおります。これが題名"鼻紙"の出処ですけど、浮世絵が評価されるのは明治になってからで(それも海外発信から)、その前はどうかというと、想像するに大切に蔵書されたもの以外は、襖の裏張り、茶碗や皿など陶磁器の包み紙・挟み紙、日本茶箱の湿気吸い取り紙などが用途で(そんな形で出島を出たものもあったでしょう/幕末には物好きな外国人がいたかも知れないけど)、それを"鼻紙"のようなものとして形容し「鼻紙写楽」となったのか?また"写楽"には楽屋を写したからという命名説がありますけど、本作でも永寿堂西村屋が伊佐次に説明しておりますが、当時の役者絵は何も本人に似ている必要はなかったようで、そんな風潮を揶揄して"しゃらくせい(しゃらくさい)"というのが最初で、その当て字が写楽斎で"写楽"になったと考えるのがすっきりします(本人に似ている写楽の絵は不人気だったらしいけど)。本作は歌舞伎役者の愛憎ドラマの面がありますから、楽屋を写した"写楽"をもっと広げ当時の世の中(沼田時代と寛政の改革)を写したいと作者は考え「鼻紙写楽」という題目に。

 徳蔵(小海老)の問題の事件を描くには「勝十郎 その一」が必須で、そして沼田時代を描くには政治ドラマとならざるを得なく、少し異質な「勝十郎 その二」「勝十郎 その三」となった。でもこの「勝十郎」の場は一ノ関圭久々の推理劇として堪能いたしました。

 「鼻紙写楽」を堪能した読者としては、掲載順ではない単行本の時間軸順掲載の方が読みやすいように感じました。(追記:こんな濃厚な話を時間の流れでは無くって、掲載順に編纂されて読まされたら、頭クラクラになってしまって、読者は付いていけませんというのが私の感想です)

 何か急いでいるような書き方に変わってきておりますが、もうそろそろブログ記事作りから解放されたいということと、ブログのタイトルに"その一"とは入れたもののこの記事作成に丸一日かかっておりますから、更に続きを書くのはちょっとしんどいなと。続編を止めた時には、少し整理したエクセル表(幕ごとの主要登場人物とその発言・行動、幕ごとの残る謎(意味深セリフなど)や私の解釈・疑問など(「勝十郎」の場では作者の創作と思われる事件などを明記)、ネットの各種ページへのリンク)のみで濁すかもしれません、そんな時には、あしからず。


 最後に一番気に入っているシーンとカットを紹介しておきます。
★役名をもじった綽名(「あご八汐」「目玉政岡」「しわ政岡」)を使うことで心を通わせる徳蔵と卯之吉(「卯之吉 その一」P164〜170は良いシーンですね)
★「――が、卯之吉は見のがさない。」/「団十郎の瞳にその時よぎった一瞬の憎悪を!」(「卯之吉 その四」の結びページP332迫力一番のコマ)


注・明日にでも本文部分を除く単行本の画像(素敵な装幀です)をアップする予定です。
 6/20投稿のブログ記事の中で、画像をアップしました。
 http://yumenoya.seesaa.net/article/421012297.html
注・そうそう美和さん情報があったので確認しましたら、アマゾンで新品が復活しておりました。
今確認しましたらお膝元のbookshop小学館でも復活、ということは増刷したの!?
「いつでも在ると思うな新刊!!絶版が待っている!!」――借りて読んだ人は急げ
posted by yumenoya at 02:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック