2009年02月09日

★新着古本リストY24(定額販売)早い者勝ち

(2010年2月1日追記)
“夢の屋”の通販部門は独立し、新サイトとして1/31にスタートしました。
カート(買物かご)・全文検索・カテゴリを導入しての引越し新装開店ですので、
今までのサイトよりは、探しやすくて少し買物もしやすくなったと思います。
新通販サイト古本通販 夢の屋をよろしくお願いします。
なおリンク集・情報・読み物などは従来のサイトにそのままですので、元サイトもよろしく


 昨年9月ヤフオクのリニューアルがあった時に解説ページで知った「即決価格」、
無料の「即決価格」がどんなものかを実際に試してみたのは10月になってからでした。
何のことは無い、「開始価格」と「即決価格」とを同額にすると、
オークションであっても定額で販売できるということが判りました。
ヤフオクのシステムに詳しい人にとっては、当然のことだったのでしょうが。
それ以来、自サイトで売れずに残っていた商品を再度出品するときには、
「即決価格」で定額販売することとしました。

 この同額「即決価格」を使って再度出品をするようになってから、
前回初出品時に売れず自サイトでも売れずにいた商品も、
「即決価格」だと割と落札されることが少し多くあるように感じました。
開始価格で即落札できるのであれば、決断の速い者が有利な早い者の勝ちであり、
出品の期限を待つ必要も無く、他の誰かと価格で競る必要もありません。
人間の心理として、購入する決断もしやすくなるのかも知れません。
その場合の問題は出品の開始価格が折り合う値段かだけです。
そこで今回から、原則として、新規のヤフオク出品の場合も、
「即決価格」を使い定額で販売することとしました。

 私にとって最初の出品サイトだったあのEasySeek時代から、
それを引き継いだ今は亡き落転フリマ時代も古本の定額販売が普通でした。
つまりオークション・サイトへの出品であることにこだわらないで、
ネット古本屋の本来のやり方である定額販売に戻るだけです。
この過去の定額販売のときは、出品サイトと自サイト並行で陳列していました。
よってヤフオクでの定額出品も自サイトと同時陳列になります。
売上げ実績件数のデータを整理したことはありませんが、
例えるとヤフオク対自サイトは30対1というような按排でしょうから、
従来のときと同様、お客さんからの注文が重複することはほとんど無いでしょう。
そんなことは実際にありませんでしたが、確率的には起こりえますけれど、
その場合にはヤフオクからの注文を優先こととなります。
ヤフオクはキャンセル料が発生することもありますが、
30対1というような断トツの売上げ実績のあるヤフオクを優先いたします。
ヤフオクから落札通知があった場合は、自サイトで落札の表示をするとともに
単品ページを削除し、このブログからも商品名とリンクなどを削除いたします。
逆に先に自サイトで注文があった場合には、まずヤフオクから削除し、
先ほど同様の削除などの作業を行います。
もし折角直接注文したのにヤフオクの落札に負けてしまったということがありましたら、
きわめて稀なことが起きたのだとご容赦願います。

 今までヤフオク出品時には、このブログでも宣伝していましたが、
それはヤフオクへのお誘いページでしかなかったわけですが、
ヤフオクで定額販売となる今回からは自サイトへの勧誘宣伝となります。
このブログでの宣伝効果に期待しています。

 なお、ヤフオクへの初回出品時には、落札・売切の場合には、
最初の4週間はこのブログから関係部分を削除いたしますが、
それ以降に売り切れた時は削除作業をいたしませんので、ご了承願います。
下記リンク先の単品ページが無くなっていた場合は、
既に売切で単品ページも削除済みだということです。


 最近は更新の遅いブログですが、書き始めるとあれもと文章が長くなる所為もあるかな?
このヤフオクの話題だって、あれもこれもとまだまだ書きたくなってしまう…
次回は、昨年末でサービスが突如終了したエクセルを使ったヤフオク一括出品ソフトと
今回のヤフオク出品で使った後継ソフトエクセルde出品について書く予定です。
今までのソフトは慣れると便利だったけど、一ヶ月間2,000円と結構高価で、
それに比べて「エクセルde出品」はシェア1,050円と格安なんですが、
メールで何度も話したソフト開発者・Bang-Dollさんによりますと
私には起きる出品途中のフリーズ・トラブルについて、
開発者ご自身が再現しての追体験が出来ないようで、
私の連絡したトラブル現象を想像して“見込み”対策版ヴァージョンアップを作っているようです。
まだまだ進化しているソフトですが、エクセルに拘るヤフオク出品者はお試しください。
と予定記事のサワリを書いておけば、ブログ更新は少し早くなるかな…


 本日新たに出品したY24の一覧表は下記のページにあります。
古本通販Y24夢の屋のHPリスト

番号,ヤフオク用タイトルと夢の屋単品ページへのリンク,価格(定額)
★マンガ・アニメ関連★
◆Y24-001,池田理代子●桜京(櫻京/文庫)●集英社漫画文庫/昭和55,600
◆Y24-002,石井隆●赤い通り雨(麻雀短編集)●竹書房/近代麻雀コミックス,500
◆Y24-003,いしいひさいち●がんばれ!!タブチくん!! 全3巻(A5判)●双葉社,1300
◆Y24-004,石森章太郎●宇宙からのメッセージ(同名SF映画のコミック版)●,300
◆Y24-007,さいとう・たかを●都市シティ・サバイバル(ゲーム)西東社●,400
◆Y24-008,さいとう・プロ(構成・武本)●どどぶ木戸 第3巻 明日を斬る!,500
◆Y24-009,さいとう・プロ(構成・武本)●どどぶ木戸 第4巻 情炎の一刻●,500
◆Y24-010,志水三喜郎●劇画 本田宗一郎青春伝 COMIC・HONDA WAY●,900
◆Y24-011,白土三平●カムイ外伝 夙流忍法 第1巻(ゴールデン・コミックス),1000
◆Y24-013,田中政志●冒険!ヴィクトリア号!! 第1巻(A5判)●講談社,400
◆Y24-014,寺田克也/ちょっとフルくてイイくるまにゃのらずにいられないっ!,1000
◆Y24-015,永井豪●黒の獅士(Chuko★comics/中公愛蔵版/A5判)●,400
◆Y24-017,深見じゅん●はじめまして(新書判)1985年●集英社,500
◆Y24-018,深見じゅん●やわらかな時計(新書判)1985年●集英社,500
◆Y24-019,深見じゅん●おんなの彩(いろ)(新書判)1986年●集英社,1000
◆Y24-020,深見じゅん●失恋グルメ●講談社、MeKC,800
◆Y24-022,BELNE●ひとでなしの恋人●JICC出版局,700
◆Y24-024,丸尾末広●薔薇色ノ怪物●青林堂、新装版,700
◆Y24-025,水野英子●青燈幻想(青灯幻想)―水野英子名作選●創美社,800
◆Y24-026,村野守美●孫子 全2巻 TOKUMA古典コミックシリーズ2・4●,1500
◆Y24-027,●COMIC BOX 1994年まんが総決算・まんがは終わったか?,900
◆Y24-028,●COMIC BOX '95-'96まんが総決算・まんが超ベスト1 1996年,400
◆Y24-029,●COMIC BOX 特集/映像詩人ユーリー・ノルシュテイン 1996年,900
◆Y24-030,COMIC BOX 特集/「少年マガジン」―少年まんがに還れ!! 1999,800
◆Y24-032,秋竜山●深海魚の涙―うれし恥ずかし、母の追想・四十六話●,400
◆Y24-033,大泉実成●消えたマンガ家2(美内すずえ/山本鈴美香)太田出版,350
★一般書★
◆Y24-037,宮田登・編●談合と贈与 現代の世相6(ダンゴウ/タテマエ)●,500
◆Y24-040,滝口康彦●薩摩軍法(四六判)●新人物往来社,1300
◆Y24-041,戸川幸夫●風雲山嶽巨人伝(時代小説)●アサヒ芸能出版,1100
◆Y24-042,雑誌●本の本 特集・SF―その源流をさぐる 1977年1月号●,700
◆Y24-043,島尾敏雄●島尾敏雄作品集 第4巻●晶文社、1971,400
◆Y24-044,大西巨人/編●兵士の物語(函/初帯)●立風書房/アンソロジー,1200
◆Y24-045,渡辺剣次/編●13の密室 推理ベスト・コレクション(帯つき)●,500
◆Y24-049,鶴見/安野/森/井上/池内・編●ちくま哲学の森6 詩と真実●,400
◆Y24-051,河竹登志夫●歌舞伎名場面100選●秋田書店/100選シリーズ,600
◆Y24-052,福本義典/編●日本人の芸談(渥美清./三遊亭円生ほか)●,800
◆Y24-053,島田洋七●俺の彼―がばいばあちゃん劇場(ビートたけし)/徳間,300
◆Y24-055,●現代美術入門―国内で見られるゴヤからシュナーベルまで●,250
◆Y24-056,エドワルド・リウス●マルクス イラスト版 FOR BEGINNERS●,300
◆Y24-059,B.T.ワシントン●奴隷より立ち上りて(UL双書)(黒人/解放)●,1400
◆Y24-060,マンベル●ゲシュタポ―SSと恐怖の秘密警察 第二次世界大戦,300
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2009年02月06日

★突然の激痛は胃潰瘍穿孔だったようで急遽入院することに(追記有)

 1月16日(金曜)午前1時頃、突然胃の辺りを激痛が走り、吐き気も襲いました。
胃液を数度吐きましたけれど、あまりの痛さに考えたのは119番のことです。
こんなときのために、夜間の緊急病院が指定されていたはずと思い出し、
好友堂さんに電話して訊いたところ、新聞の札幌市版に掲載されているはずだと。
子育ての経験者はさすがに色々知っています。
新聞を確認すると「夜間急病」として札幌市医師会急病センターが載っていました。
そこならあまり遠くはないしタクシーで駆けつけるか、
しかし天気はあまり良くないし、簡単にタクシーは拾えないかも、
などと色々考えているうちに、痛みも少し治まり吐き気も無くなったようなので、
とりあえず急病ゼンターに電話し、相談してみたところ、
痛みが少し治まっているのであれば、朝近くの病院へ行った方が良い、
とのことでしたので、起きてから病院に行くことし、即寝ることにしました。
しかしベッドに横になるときも痛さが走り結構大変で、
ベットの中でも少し動くとこれまた痛いでなかなか寝付くことは出来ませんでした。

 目が覚めたのは朝の8時頃でまずトイレへ行こうとしましたが、
起きようとして体の位置をずらす都度、胃のあたりに痛みが走り、
ベッドからただ起きることだけが大変な肉体労働でした。
トイレに行った後、またベッドに体を横たえるのもまた痛さが大変で、
病院にはまだ少し早すぎるしとまた寝、起きたら午後午前11時。
同じく痛い肉体労働を繰り返して、やっと起床し、
近くの「みやた胃腸科」へ向かいましたが、
痛さを抑えるため前かがみの姿勢をとりノロノロ歩きでやっと到着。

 待つこと暫しでやっと看護婦さんに呼ばれ、状況などを説明し、採血、採尿を終える。
また少し待った後、今度は「超音波検査」でした。
そして次に呼ばれとき、やっと担当医師との対面。
前夜の状況など色々説明し、「超音波検査」の結果説明も聴き、
次にレントゲン撮影を終え、いよいよ胃カメラ検査という段階になりましたけれど、
痛みが走るので横になるだけも大変なんだと説明したところ、
そんなに痛いのなら、近くの懇意な病院でCTスキャンした方が良いかなということになり、
その病院「開成病院」から迎えに来る車を待つことになりました。
実は「超音波検査」のときに病院のバジャマに着替えたのですけれど、
また普段着に着替えるのは大変だったので、ズボンだけをはき、そのまま。
バジャマと着替え容れ袋とを借り、会計は後日ということで、
迎えに来た病院用の救急車で次の病院へ移動。
病院ハシゴの初体験です。

 「開成病院」ではまた申告書のようなものを記載し、待つこと少しで呼ばれる。
担当女医さんは外科の助っ人先生を呼び、痛さの確認・相談、
ここでCTスキャンを撮るより、大きな病院に移動してそこでCTスキャンをした方が、
手術などその後のことも考えるとベターでないかという判断になりました。
以前脳卒中で世話になった「札幌東徳洲会病院」が良いと希望を言ったところ、
ベットの空きが無いという病院と掛け合ってくれ
「札幌東徳洲会病院」で受け入れてくれることになりました。
そして今度は119番の救急車で移動です。
車までも移動式の担架(ストレッチャー)の世話になりました。
本人はゆっくり歩いた方が楽なのですが。
また正規な救急車は患者は横になって乗らなければならないという規定があるようで、
本人は腰掛けている姿勢が楽なのですが、ベッドに寝ての姿勢です。
雪道の轍を通るときなどは揺れが腹に響き痛いのですけれど…
車の中ではまた症状などの質問が開始です。


 おととし初めて救急車で徳洲会病院へ行ったときは、
頭も朦朧状態で担ぎ込まれた1階「救急センター」の記憶はほとんどありませんでしたが、
今度はどんな所なのか看護婦さんや医師たちはどうするのかをじっくり観察することができました。
なおベッドに横になると腹に負担がかかるのか痛いのだというと
検査などの開始を待つ間、ずっとベッドの背を起こした状態だったので、
腹もあまり痛まずとても楽でした。
“背を起こす”という些細なことですが、打てば響くという看護婦さんの対応でした。
「救急センター」の詳細は省略しますが、やっと検査の開始です。
まず「CTスキャン」、次が苦しそうで問題の「胃カメラ」です。
腹が痛いときに入れられる「胃カメラ」、それが痛い胃の中で動くのですから、
痛くて苦しくてゲーゲーやりながら、早く何とかしてくれと願ううちにやっと終了。
今から二十年前に一度「胃カメラ」検査をしたことがありますけれど、
勤め人の当時、毎年の健康診断の結果一応やることになったもので、
今度のまさに腹が痛いときの「胃カメラ」はやっぱり半端じゃありませんでした。
胃に穴(穿孔)が開いてなければ手術をせずに絶食で治療することになると説明を受け、
やっと病室へ移動です。
やはり空きがないようで個室でした。そんなゼニは無いと少し心配。
そこへは今回もまた姉がかけつけてくれました。(いつも感謝です)
その夜はまだ方針が決まっていなかったからなのか、
点滴の開始は翌日だったように思います。

 翌日17日から絶食による治療が開始されることとなり、
空きのできた隣部屋の4人病室へ移動して、
栄養と痛み鎮静と思われる点滴が始まりました。
また毎日の日課となる採血、CTスキャン、胸と腹のレントゲン撮影も始まりました。
(採血は朝5時頃という早い時刻でしたが早朝には何か意味があるんでしょうね)
意識のはっきりした入院となるとまず読書をと思い、
初日に姉が談話室?から入院患者が読んだであろう文庫本2冊持ってきてくれていたので、
池波正太郎のエッセイに取り掛かったのだけれど、
2ページを読まないうちに眠ってしまうようで、
毎回最初の2ページ以降に読み進むことができませんでした。
17〜18日(土日)は頻繁に小便でトイレへ通ったという記憶しか残っていません。

 入院&絶食飲の4日目である19日(月曜)は前日外出許可を取っていたので、
家へ戻り古本の発送作業と受注連絡&発送遅れ連絡の作業をやっと終え、
病院へ戻ったのは午後7時頃。
夕食も終わった時刻だが、私にはまだ食事の縁がありません。
戻ってから看護師(今回は初めて男性が2名もおりました)さんに訊きました。
水分はまだ摂ったらダメなの?と
一時間くらい置きに小便で起き、トイレから戻ると即また眠ってしまうの繰り返しだけど
こんなに良く眠るのは鎮痛の点滴の所為と思うのだが、
もう腹に痛みは何も無いけど鎮痛の点滴を止める訳にいかないのか?
炭酸・コーヒーのような刺激性のものでなければ飲むのはOK
また鎮痛の点滴はそれから無くなりました。これで眠気から解放されるか?
飲み物は談話室?へ番茶を取りに行き、飲むことの美味さを久々に味わう。
(翌日売店で買った味のある飲み物はカルピスウォーター)
家から持ってきたのは、ショートショートのアンソロジーと配達されたままの新聞紙
もう眠くならないかもとまず挑戦したのは新聞
活字人間の私は4日分の新聞に久し振りの満足感でした。
新聞の次に読んだのは2ページ目でずっと止まっていた池波正太郎のエッセイ、
やっと二編を読むことができました。(眠気から解放)
これでやっと読書三昧の入院生活が始まりました。
またピロリ除菌のランサップ800が配付され、明日から朝夕の服用が開始です。

 20日(火曜)朝7時半、ランサップ800を服用。
朝飯はまだ無いようだからとそれから談話室?へ行き、
マンガ雑誌を拾い読みしてから戻ると
予期していなかった朝食が私のベッド出ていました。
カップが3種類。
完全な重湯、味噌汁のおすまし、ホットミルク
深夜に激痛が走った前夜の15日午後8時頃に食べた味噌ラーメン以来の食事でした。
固形物は何も無かったけれど、ちゃんとメシと味噌の味がしました。
早くまともな食事に昇格したい…
昼食には柔らかいメシが少し泳いでる重湯にオカズらしいものも少し付きました。
そして午後にはついに大きな方の通じがありました。
二度の重湯などのお蔭か、ランサップ800の副作用のようなものか?
 ピロリ菌について説明に来た看護師さんに確認すると
ランサップ800は食後に服用することになっているので、
食事が始まる今朝がスタート日だったとのこと、訊くとなるほどねでした。
そして夜9時半頃に点滴が無くなり、これで点滴そのものも終了しました。
点滴が終了ということは退院も結構近いということか?
入院時の「入院診療計画書」には「推定される入院期間 7日間」とあるが…

 21日(水曜)午前10時半頃の回診時に担当医に言われたのは
「半年はタバコを止めるということで、栄養士さんの指示を守れば、
明日以降、退院も可能です」
私の質問に対し「ある程度の酒であれば、かまわない」とのこと。
私は即、明日退院でお願いしますと頼みました。
この退院の話が無かったならば、
またその日の午後には通販作業のため外出するつもりでいましたので、
退院が翌日22日(木曜)とはっきりしたのであれば、
わざわざ退院前日に外出する必要はないと判断しました。
病院と家とを往復しての慌しい通販作業は結構疲れるので。
 午後には栄養士さんから食生活で注意する事項の説明、
また看護師さんからは一週間分のランサップ800が無くなったら、
朝のみランソラールカプセル30mgを服用するよう指示・薬14回分配付。

 22日(木曜)、自分で作るのも外食も億劫なので、
昼飯を食べてから退院しようと最後のメシの到着を待っていましたが、
私の分だけが届きません。
同室の先輩曰く、ちゃんと言わないと出てこない恐れアリと。
申し出てからかなり経ち、やっと昼飯が到着しましたが、
最後までお粥のままでした。
絶食後まだ数日の所為なのか、オカズも他の人よりはいつも貧弱でしたけど。


 部屋に戻ってからは慌しい通販の作業。
翌日も同様の忙しさでしたけれど、
朝は16日(金曜)最初に診察してもらい診察用パジャマも借り
診察料も未払いのままの「みやた胃腸科」へまず行きました。
優しい宮田先生に入院までの経過などを説明。
それから戻りまた通販作業の再開。

 
 本日2/6は1/22退院後の初めての診察でした。
胃カメラの画像を視ながら説明を受けましたけれど、
素人眼にもピンク色の胃壁の中の“白い”潰瘍ってひどいモノでして、
小さな穴が開いていたけれど、小さかったので手術はしなかったとのことでした。
入院診療計画書によると“胃潰瘍穿孔の疑い”というものものしい病名でしたが、
まさに今回初めて使う言葉“穿孔”(あな)だったようです。
もし手術になっていたら簡単に一週間で退院とはならなかったでしょうから、
不幸中の幸いでした。
それにしても、あの見た目のひどい潰瘍は
長年のタバコと酒と不摂生、そしてピロリ菌の所為なのでしょうかね。
自分の大事な胃なのですから、少し労わってやらないとダメということかな。

 四週間後が次回の診察となりますが、今度はまた胃カメラです。
入院する前の胃カメラのときは、痛さのあまり
自分の胃の画像を視る余裕もありませんでしたが、
今度はひどい潰瘍の姿をじっくり視せてもらうつもりです。
その頃には、あのピロリ菌の駆除の結果も出ているのかな?
そうそう今日は朝飲む薬ランソラールカプセル30mgが28日分です。
この服用が当分続くようです。
担当の竹谷園生先生にはお世話になりますが、よろしくお願いします。


 それにつけても思うのは、
2007年8月はクモ膜下出血&脳内出血、
2008年7月には急性喉頭蓋炎、
2009年1月急性胃潰瘍穿孔でと緊急な入院が続いています。
何せ一年半の間に三回の入院ですから…
急性喉頭蓋炎は肉体的な疲労からかかった炎症で別としても、
55歳にスタートしたかに思える連続の病気
私の場合、曲がり角の55歳であったことは間違いないようです。
摂生せねば


●追記:予兆について
 昨年の10月中旬頃から、時々鈍い痛みを胃のあたりに感じていた。
我慢というほどの痛みでないし、四六時中痛いというわけでもなく、
また量は減ったけれど、少し痛いと言いながら寝酒もちゃんと飲んでいた。
そのうちに気づいたのは、満腹時ではなく空腹時にゲップが時たま出ることだった。
自覚した症状というのは、この鈍痛と空腹時のゲップのみでした。
昔から病院嫌いなので、我慢できるときに「ちょっと病院へ」ということにはならず、
しかし何なのか気にはなるので、ネットで調べてみて、
自分の症状は何となく“慢性胃炎”っぽいぞと、胃炎のことを何も知らないけれど、
“胃炎”という聞きなれた名前に、一応安心したつもりでいた。
そして12月中旬になると鈍痛を感じることもかなり減り、
また空腹時のゲップの方は、もっと早くに出なくなったように思う。
大晦日には馴染みの焼鳥屋・T勝で、つっちとママとの年取りも始まり、
いつもよりはたくさん飲み、そして年明けの3日にはT勝で初飲み会でした。
鈍い痛みがなければ、普段忘れている程度のものだったわけだが、
そこへ急襲したのが深夜の突然の激痛でした。
入院してから思うのは、胃の鈍痛と空腹時のゲップはこの予兆だったのかも知れないということだ。
異変を感じたときに、病院へ行っていれば、
“急性胃潰瘍穿孔”で即入院ということにはならなかったかもしれない。
病院嫌い人間の「たられば」だが。
posted by yumenoya at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする