2007年11月29日

●Yahoo!オークションへの古本出品(第4&5回目、12/23終了)

(2010年2月1日追記)
“夢の屋”の通販部門は独立し、新サイトとして1/31にスタートしました。
カート(買物かご)・全文検索・カテゴリを導入しての引越し新装開店ですので、
今までのサイトよりは、探しやすくて少し買物もしやすくなったと思います。
新通販サイト古本通販 夢の屋をよろしくお願いします。
なおリンク集・情報・読み物などは従来のサイトにそのままですので、元サイトもよろしく


クモ膜下出血などで入院したときに、
古本の山々で通路が狭くなっていたことに驚いたのは、119番の救急隊員の方だけではなく、
入院後に私の部屋に入った姉や義姉も、その状態にビックリしたようで、
狭い通路の横などの床を占領していた古本の一部の大整頓(引越し)が始まりました。
ネット古本屋の私としては、注文が入った本の整理番号を確認し、
その番号の山から注文本を出してくるという作業をいつもしていました。
自分としては、まとめて出品したときに本番号をつけて整理したつもりでしたが、
大整頓で通路は広くなったものの、色んな整理番号の本が入り組んだり、
次回の予定で打ち込んでいた本も混ざってしまうなどの状態になりました。
既存の出品本の確認・整理も簡単には行かないことから、
ネット古本屋・夢の屋の本来サイトは“臨時休業”状態を続けたまま、
当面Yahoo!オークションへ新たに出品することで再開しようと始めた次第です。

以前ブログで“書くことがヘタになっている”とこぼしたことがありますけれど、
聴いたり話したり読んだりはもちろん、基本の考えることも…ということか?
今回のYahoo!オークションへの出品では、
関連ソフトの使い方などで似たようなミスを連続して起こしてしまいました。
このような間違いを再度起こさないためには、
パソコンのメモ書きなどで手順やポイントをちゃんと整理しておき、
必要があったときはそれらを読んで戸惑わないように確認するクセをつけないと。
“高次脳機能障害”という後遺症のひとつなのかな。

さて、オークションへ出品した古本は下記アドレスで確認できます。
夢の屋・全出品リスト
このブログでは古本のタイトルと開始価格を一応紹介しましたので、
収録内容などの詳細は個々の出品ページで確認願います。
入札の締め切りは一週間ごとに日曜の夜(午後9時過ぎ)で、
落札されない場合は3回再出品されますので、12/23が最終の締め切りとなります。
なお、アダルトもの(エロマンガ、エロ小説)については、
所定の手続きを踏まないとそれらのカテゴリに入場できないようです。

《整理番号,Yahoo!オークションのタイトル,オークションの開始価格》
●マンガ・アニメ1●,,
◆Y5-1,●まんが ドタバタぱぁティー いしいひさいち作品集●,200
◆Y5-2,入倉ひろし●劇画 消された昭和史●ミリオン出版,落札終了
★(あとがきから)本書は『漫画 実話ナックルズ』に連載した“消された日本史”シリーズの中から、戦後をテーマにした作品をまとめたものである。
◆Y5-3,岩崎こたろう●戦争と平和●双葉社、アクションコミックス,300
◆Y5-4,内田善美●星くず色の船 内田善美傑作集1●集英社,落札終了
◆Y5-5,●秋のおわりのピアニシモ 内田善美傑作集2●集英社,落札終了
◆Y5-6,内田善美●ひぐらしの森(ぶーけコミックス)●集英社,落札終了
◆Y5-7,内田善美●空の色ににている (ぶーけコミックス)●集英社,落札終了
◆Y5-8,内田善美●かすみ草にゆれる汽車(ぶーけコミックス)●集英社,落札終了
◆Y5-9,おおのやすゆき(大野安之)●精霊伝説ヒューディー 第3巻●,落札終了
◆Y5-10,上村一夫●狂人関係 中巻(名作マンガシリーズ)●P-PRESS,800
◆Y5-11,かわぐちかいじ●テロルの箱船(収録/人斬り以蔵伝)●チクマ,1000
★(帯のコピー)「初単行本化/かわぐちかいじ幕末を斬る!!/時代を、人間をえぐりだす巨匠が新選組を描く!/問題作「人斬り以蔵伝」同時収録」/
◆Y5-12,北原文野●もうひとつのハウプトン●SG企画,500
◆Y5-13,園田光慶・画、江渡大輔・作●古典まんが徒然草●学研,落札終了
◆Y5-14,西岸良平●夕焼けの詩(三丁目の夕日) 全24冊(第1〜24巻),落札終了
◆Y5-15,佐藤晴美●トワイライト・トーン 奇想天外コミックス●大陸書房,400
◆Y5-16,田中政志●フラッシュ FLASH 第3巻(完結巻)●講談社(ゴン),900
★(店主)カバー画像で判るように、後の作品『ゴン』を彷彿とさせる恐竜の子供キャラクター・ジュニア(主人公フラッシュの息子格)が第3巻中ほどで登場します。
◆Y5-17,永井豪●どろろん艶靡ちゃん●三和出版,落札終了
◆Y5-18,榛野なな恵●グリーンロマンス 全3巻●集英社,落札終了
◆Y5-19,久掛彦見●トロピカル ペーパームーン・コミックス●新書館,400
◆Y5-20,深見じゅん●扉よ…●集英社、セブンティーン・コミックス,落札終了
◆Y5-21,深見じゅん●初恋かぞえ唄●集英社、セブンティーン・コミックス,落札終了
◆Y5-22,深見じゅん●極楽ブルース●集英社、セブンティーン・コミックス,落札終了
◆Y5-23,深見じゅん●青春最前線●集英社、セブンティーン・コミックス,落札終了
◆Y5-24,深見じゅん●哀しみひとつどうします?(新書判)●集英社,落札終了
◆Y5-25,深見じゅん●甘い棘(新書判)●集英社、YOUコミックス,600
◆Y5-26,前川つかさ/ケニー鍋島●霞ケ関のフリーメーソン 第1巻●,600
◆Y5-27,諸星大二郎●私家版鳥類図譜●講談社、モーニングKCDX,600
◆Y5-28,松久由宇・画●野菊の墓・瀧口入道―伊藤左千夫・高山樗牛,落札終了
◆Y5-29,校長/谷川俊太郎●スヌーピーのずっこけ英会話学校●鶴書房,900
(この★部分追加)★表紙と裏表紙の内側に金子詔一/詞・曲、ニューブルーストリング/歌の「チャーリーブラウンの歌」の譜面とコードを掲載
◆Y5-30,BELNE(ベルネ)●LONDON NOTE―ロンドンノート●,落札終了
◆Y5-31,スタジオ・ハ-ド編●機動警察パトレイバー大図鑑 全3巻●,1800
◆Y5-32,●機動戦士ガンダム キャラクター大図鑑 全2巻●バンダイ,落札終了
◆Y5-33,今沢哲男●モンタナ・ジョーンズ 第1巻 アニメ・コミックス,800
★NHK総合テレビで放映(1994〜5年)、2003〜4年NHK教育テレビで「冒険航空会社モンタナ」として再放送。
◆Y5-34,今沢哲男●モンタナ・ジョーンズ 第2巻 アニメ・コミックス,800
◆Y5-35,●サムライトルーパーメールボックス 郵便箱 fourteen●,500

●一般書1●,,
◆Y5-36,早坂暁●月の景色 事件シリーズ4(TVドラマ・シナリオ)●,1500
★大岡昇平の小説「事件」をNHKが1978年にTVドラマ化(ドラマ人間模様、脚本:中島丈博)。好評だったため続編を企画、1979年から1984年にかけて放送。その時にオリジナル脚本を担当したのが早坂暁。
◆Y5-37,●男たちの旅路 第1巻 山田太一作品集3(TVドラマ・シナリオ),800
◆Y5-38,●冬の運動会 向田邦子TV作品集3(TVドラマ・シナリオ)●,1000
◆Y5-39,橋田壽賀子(寿賀子)●男が家を出るとき NHKテレビ・シナリオ,300
◆Y5-40,陸井三郎●ハリウッドとマッカーシズム(現代教養文庫)●,1000
◆Y5-41,笑福亭仁鶴●仁鶴湯 (帯つき)●主婦と生活社,700
◆Y5-42,桂米朝、筒井康隆● 対談 笑いの世界●朝日新聞社,落札終了
◆Y5-43,宇井無愁●生活の中の笑い―現代に生きる江戸小咄●,800
◆Y5-44,●ロシアより笑いをこめて―世界のジョーク集4●光文社文庫,400
◆Y5-45,レオナルド熊●レオナルド熊の鬼退治 (初の芝居の原作)●,800
◆Y5-46,笠原邦彦●最新・折り紙全書―伝承折り紙の展開と応用●,800
◆Y5-47,ふしぎ新聞社●ふしぎふしぎ200 (帯つき)●福音館書店,600
◆Y5-48,石原慎太郎●プレイボーイ哲学●集英社,落札終了
◆Y5-49,鏡明・編●日本SFの大逆襲! (帯つき)●徳間書店,落札終了
◆Y5-50,マヌエル・プイグ●ブエノスアイレス事件 白水Uブックス63●,落札終了
◆Y5-51,ソルジェニツィン●煉獄のなかで 集英社版世界の文学32●,700
◆Y5-52,ジョゼ・ジョヴァンニ、訳・柴田錬三郎●ル・ジタン―犯罪者たち,500
◆Y5-53,丸谷才一●梨のつぶて―丸谷才一文芸評論集●晶文社,600

●マンガ・アニメ2●(アダルトものは未掲載),,
◆Y4-2,いしいひさいち●ワイはアサシオや いしいひさいち作品集●,500
◆Y4-3,石森章太郎、平井和正●コミック版 新幻魔大戦 全2巻●,1400
◆Y4-4,江波じょうじ・画●ザ・テロル 全4巻 小池一夫選集 文庫●,落札終了
◆Y4-5,大野安之(おおのやすゆき)●ゆめのかよいじ (B6、元版)●,1500
◆Y4-6,大野安之(おおのやすゆき)●SCENE シーン●笠倉出版社,1200
◆Y4-7,●おじゃまさんリュリュ おおやちき作品集2●集英社,1200
◆Y4-8,岡田鯛・画、大友克洋・脚本●ZeD(ゼッド)●講談社,700
◆Y4-9,岡野玲子 ●ディアーヌ・ド・ロゼの陰謀●新書館,900
◆Y4-10,樹村みのり●ポケットの中の季節 第1巻●小学館,1000
◆Y4-11,佐藤まさあき●日本拳銃無宿 影男●秋田書店,500
◆Y4-12,藤井寛清●劇画 日蓮●東方出版,落札終了
◆Y4-13,●VIRGIN 初期短編作品集 (藤原カムイコレクション0)●,600
◆Y4-14,BELNE(ベルネ)、田村亜紀美、芳元のえ●〔にぎやか文庫〕3●,800
◆Y4-15,BELNE(ベルネ)●銀色のアルフレッド―史上最大の恋●新書館,落札終了
◆Y4-16,BELNE(ベルネ)●蒼の男EX Gardie ガーディ●新書館,300
◆Y4-17,前川つかさ、ケニー鍋島●霞ケ関のフリーメーソン 全2巻●,落札終了
◆Y4-18,森脇真末味 ●ユージーン EUGENE●新潮社,1000
◆Y4-19,山上たつひこ●光る風 全2巻 (ちくま文庫)●,1300
◆Y4-25,石子順 ●日本漫画史 (教養文庫)●社会思想社,1100
◆Y4-27,山田ミネコ●黄金の幻 白銀の夢 パトロールシリーズ●,800
◆Y4-28,宮崎駿・監督●天空の城ラピュタ GUIDE BOOK●徳間書店,1500

●一般書2●(蘭光生の小説は未掲載だが6点落札終了),,
◆Y4-29,●短編小説傑作集 JUNE全集 第10巻●マガジン・マガジン,2000
◆Y4-30,荒俣宏・訳編●ダンセイニ幻想小説集●創土社,2000
◆Y4-31,現代言語セミナー・編●昭和ヒーロー事典=芸能編 (文庫)●,400
◆Y4-32,●アントニオ猪木 ぴーぷる最前線(インタビュー、写真など)●,650
◆Y4-33,●高倉健とすばらしき男の世界―映画「鉄道員」(帯つき) ●,落札終了
◆Y4-34,江森陽弘●聞書き越路吹雪―その愛と歌と死●朝日新聞社,500
◆Y4-35,久保田尚●新版 大道芸口上集●評伝社,1300
◆Y4-36,生田誠●落語家になるには なるにはBOOKS●ぺりかん社,500
◆Y4-37,相羽秋夫●落語入門―おもしろ落語の“ら”の字から●,500
◆Y4-38,矢野誠一●志ん生のいる風景 (四六判)●青蛙房,600
◆Y4-39,矢野誠一●落語家の居場所―わが愛する芸人たち(四六判)●,500
◆Y4-41,柳家小満ん●わが師、桂文楽 (帯つき)●平凡社,1300
◆Y4-43,織田正吉・講師●日本人の笑い(NHK市民大学1989年)●,500
◆Y4-45,今東光●極道辻説法(四六判)●集英社,落札終了
◆Y4-46,ロバート・ペイン●レオナルド・ダ・ヴィンチ (伝記)●草思社,1500
◆Y4-47,山田太一●山田太一 十二の世界を聞く 対談集●潮出版社,300
◆Y4-48,サトウハチロー・詩、葉祥明・絵●オレンヂ色のコマ●サンリオ,600
◆Y4-50,A・ビアズレー、訳・澁澤龍彦●美神の館 (中公文庫)●,落札終了
◆Y4-52,江戸川乱歩ほか●江川蘭子(合作探偵小説) 春陽文庫●,600
◆Y4-53,日影丈吉●ミステリー食事学●教養文庫,400
◆Y4-54,横田順彌●ヨコジュンのSF塾―宇宙的おもしろ講座●集英社,400
◆Y4-55,横田順彌●宇宙のファイアマン●集英社文庫,300
◆Y4-57,ロバート・シェクリイ●宇宙市民 ハヤカワ文庫SF●早川書房,500
◆Y4-58,ブラックウッド、中西秀男・訳●ブラックウッド怪談集●講談社,1200
◆Y4-59,ジェラール・ド・ヴィリエ●日本情報部対CIA●立風書房,500
◆Y4-60,種村季弘・編●ドラキュラ ドラキュラ 吸血鬼小説集●大和書房,600
◆Y4-61,南條範夫●十五代将軍―沖田総司外伝 (B6判、帯つき)●,500
◆Y4-62,メデリス●風はささやく (田中小実昌・訳)●秋元書房,1200
◆Y4-63,バーナード・マラマッド●アシスタント●荒地出版社,1000
◆Y4-64,●現代思想 総特集・近親相姦 1978年5月臨時増刊号●,落札終了
◆Y4-65,山田一廣●アベベを覚えていますか(元版)●新声社/1984年,落札終了
◆Y4-66,山内雅夫●占星術の世界 (中公文庫)●,500
◆Y4-67,嘉手川重喜●沖縄の神々と祭≪年中行事≫●新星図書,1000
◆Y4-68,佐藤功●日本国憲法概説(全訂第四版)●学陽書房,300
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2007年11月22日

●クモ膜下出血とリハビリ、そして後遺症(004)

書いているうちに色んな話題へと飛び火したくなるのは、
元々の私のサガですけれど、高次脳機能の障害なのか、
第一回のように長くて複層の入り組んだような構成の文章ではなくとも、
飛び火してしまうことを制御できない、まとまらない方向にしか進めない、
というどうしようもない形でキーを叩くのを途中で止めるしかないことを、
また確認させられる破目に陥るとは…
(読みづらい方、メンゴです。でもそのうち少しは成長するかも…)

★(リハビリでの面白いパズル―日本語の必要な?テレビ、新聞、読書)
札幌東徳洲会病院でリハビリのOSAさん(作業療法士と知ったのは転院後)といたとき、
言葉と関係のないゲーム・パズルが始まることになりました。
何せまだ日本語そのものに自信の無い時期でしたので、少しは気が楽だったかも知れません。
例の日記風ノートを確認したら、8/22(火曜)の午後のことが次のように記してありました。
「カンタンにできるカンゲイのゲームをやってみるが、うまく正こうしたので、バーザイでした。」
書けないからカタカナが多いのか、“成功”の漢字が“正こう”であり、
ついでに結構うまく進んで嬉しいことを“バーザイ”と書いてあります。
そのときに初めてやったという道具を使ったパズルでしたが、
やり方は別にむずかしくないし、簡単にうまく進んだので、気分も良く楽しかったです。

楽しいゲーム・パズルだったので、あらためてネットで初めて調べたところ、
「コース立方体組み合せテスト」という名前であり、
知能検査や認知機能障害のリハビリにも使ったりするようです。
転院した時計台記念病院(作業療法士・Kさん)でのリハビリでも同じ教材を使っていました。
ただ頭のモワッ感影響か東徳洲会病院の時よりは時間がかかりました。
なお、同病院の臨床心理士・Gさんも似たような仕組みのものを使っていましたが、
こちらはデザインがより少し洗練されたものでしたので、ちょっと高価かも。

ネットの画像からそのデザインを想像し、どんなパズルだったのかを少し説明すると、
ネットの販売店はソクセスベル(株)コース立方体組み合せテスト
下のテスト時の画像は3個×3個の9個の場合です。
《ネットで見つけた画像》
さて正方形の六面体(立方体)で、そこに使われている色は赤・青・黄・白の四種類で、
赤、青、黄、白だけからなる単色ものが四面、
残りの二面は、青と黄、赤と白という二等辺三角形の二色の組み合わせであり、
これらの六面からなる立方体が16個用意されています。
縦横で2×2個の4個という単純なものに始まり、次に3×3個の9個、
そして4×4個で16個と、少しずつ複雑な組み合わせに増えます。
被験者は印刷された色の組み合わせの図柄に合うように、
上からみた見かけが同じになるように並べることができると正解であり、
正解すると次のページの印刷された図柄に進むというものです。
それらの位置関係がうまく頭のなかで思い描ければ、面白いゲームとなるはずです。

その立体体パズルで成功したので、久々にしっかり遊んだという気分になったこともあって、
マンガ的な絵を使ったパズルの本をその教室から借りて帰り、
その夜の遅くまでと次の早朝も挑戦したことが、はっきり日記に書いてあります。
ただ最後に掲載してあった2問については、
当時は不向きだと感じた論理パズルだったので諦めたようです。

このパズルをリハビリの一環としてやったのは8/22のことだけど、
日記風ノートからそのまま抜粋紹介したように、間違いも多くあり、
“書く”以外の、読む、聞く、話すの能力も似たようなレベルかも知れず、
当時の私の理解能力では、テレビのように聞いたり視たりしても、
単語の多くを憶えていない段階であり、流れのテンポも速すぎて難しかったかも。
また新聞も一度読んだけれど、記事の内容が複雑過ぎて面白くなかったようだ。
兄が持ってきた短いエッセイの文庫本も数ページ読んだけれど、
教訓的な内容だったこともあり、私の関心を呼ぶものでは無かったようです。
談話室(?)から持ち込まれたらしいマンガ(ストーリーもの、四コマ)も読んだけれど、
四コマはオチがまず判らないからなのか笑えない状況であり、
ストーリーものは創られた架空の話そのものが楽しくない内容だったようです。
まだ脳的に幼かった私にはメディアは難しすぎたのかも。

いつもの普段の私なら、分野は一切問わず眠る前にはまずベッドで読書でした。
そして起きたらまずテレビのスイッチが、視ていなくとも、ずっとついていました。
テレビと本とが不要であった札幌東徳洲会病院の入院生活は、信じられない不思議な世界でした。
語彙も文法も拙い私にとっては、ノートに書くということは、
自分自身に語りかける、自分とのコミュニケーションの段階であり、
色んなことを試していたのかも知れません。
高度な能力を必要とするテレビや読書よりもっと楽しかったのかもしれません。

時計台記念病院に転院してから、読書はだんだんと当然のことになりましたけれど、
テレビを見るのはときたまで、朝と夕方に個人的に廊下散歩するときに、
面白いニュース番組をやっていたら共有テレビをのぞくこともあった程度です。
ただ唯一の例外は、ダルビッシュと田中投手との投げ合いでした。
posted by yumenoya at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月17日

●クモ膜下出血とリハビリ、そして後遺症(003)

★(飲み屋のママたちの店名が出てこなかった)
手術が終わってまだ間もない頃と思うが、お世話になっている三人のママについて、
姉に説明しようと思ったものの、居酒屋やスナックの屋号(店の名前)が思い浮かばず、
だから屋号で“○×のママ”と呼べず、ついでにママの苗字・名前も出てこないので、
結局三人のママたちは、同じく“ママ”としか呼びようがないなと諦めました。

会話の途中に苗字などが出てこなくて、「あれっ、あれ」っとなるのは、
年齢が重なるとともに、段々と誰にでも覚えのある世界となります。
しかしその症状が現れたこの私は、まだ55歳の若いオジサンであり、
今回の場合は、あくまでクモ膜下出血が原因で、
大事な色んなことが一時期思い出せなくなって困ったものの、
手術からかなりの期間が経ったときには、やっと全て(?)を思い出せたと思っています。
ということは、個々の記憶が保存されていた頭の中の引出しは無事でしたけれど、
その記憶引出しと神経細胞との連絡回路(細胞線維、シナプスなどシステム)や
それらのネットワーク(結びつき構造?)が切断(?)されてしまい、
平常通りに機能しなかったことなどによるのか?
(回路、システム、ネットワークなど便利そうな言葉だけど、使いこなすのはまだ難しい)

ママたちについての世話になっている人たちだという記憶には何も問題なかったけれど、
屋号や氏名などが思い出せなかったということは、“記憶”での障害なのか…
それとも話したり書いたりするときの“言葉”の障害ということなのか…
もっとも私に起きたことが、どんな名前の障害に帰属しようと、
脳のどの部位に元となる障害が生じていようと、それはまた別のことですけれど。
私の場合はどこが大元なのかは気にかかるけれど。

★(リハビリでの日本語聴き取り課題の失敗連続例―記憶の障害なの)
時計台記念病院では、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士のそれぞれからも、
初めて聴く短い話についての、似たような聴き取り課題がテストされました。
かなりの間、出来なかった日本語の課題だったので、悔しい印象に強く残っています。
似ている課題としては、文章が読まれた後に、いくつか質問されるものがありましたが、これも難題。

セラピストが5W1Hで書かれた三面記事的事件や昔話などの文章を一回だけ読んで聴かせ、
それを聴いた私は、重要な点を整理してまとめ、口頭で内容説明するというもので、
今なら何ら問題のない課題なのですが、当時の私にとっては至難のものでした。
こちらとしては注意深く耳を傾けているつもりなのですが、
次々と読まれて続く単語や文章は、つきコンニャクのように抜け落ち、馬耳東風的に、
私の耳から即消えていってしまうので、聴き終わったときには、
私のなかには、内容を説明する言葉は何も残っていないという悲惨な状態でした。
説明不能が続いたときには、「ごめん、今日もダメ」と先に謝ったこともありました。
そしてやっとストーリーの解説に成功し喜んだ少し後には、
別の簡単な課題を済ましてから即、先ほどの話を再度説明して下さいと指示されます。
最初の説明が出来ると二度目は何も問題なく処理できたようです。
今考えたら簡単なこんな事が、当時何故あんなに難しいことだったのか。
初めて聴いたばかりの話に関連し、その内容のポイントを即憶えるということは、
新しい話題を短期間記憶する能力を有しているかをテストしていたということ?
耳から入ったばかりの新しい情報を憶えられないという記憶の障害だったのでしょうかね?

これと同時期に難問だったのは、「“か”が頭につく言葉を挙げよ(苗字は除く)」。
私の場合、“か”だと“カレーライス”と“かれい(魚)”が出たあとは、
冷や汗が出るだけで時計は進み、続くものはほとんど出ないという情けない状況でした。
何故“○”で始まる言葉を挙げるという単純なことが出来なかったのか、今でも不思議です。
退院してから読んだ本の“FAB検査(前頭葉機能検査)”によると、
「1分間で10の言葉がいえれば合格」と書いてありましたので、
とういうことは当時の(現在も?)私の脳(前頭前野)の老化は進んでいたということかな。
そのこともあったので、ときたま“○のつく言葉”で自問チェックが始まります。

さて当時の日記ノートを確認すると、9/3(月)の作業療法士・Kさんのリハビリで、
聴き取り課題の質問が答えられなかったことが書いてありますけれど、
同じ日記ノートの9/18(火)には、“か”も含め「ほぼ全て無事にクリアすることができました」と。
苦労した三面事件説明の課題でついに成功したので、赤で「画期的なこと」と喜びの追記もありました。
これらの障害をクリアした画期的な記念日が9/18(火)だったということなんでしょうか?
しかし、何故この日に急に出来るようになったのか、自分の頭の中を覗いて見たい気分です。

一方退院するまで満足にできなかった(おそらく今も出来ない?)課題もあります。
これも作業のKさんが出題してくれたもので、
3文字のひらがなの単語を30個書いたものを2分間見せられ、
その後に覚えた言葉をできるだけたくさん紙に書くというものでしたが、
互いに無関係な言葉も多いことから、私はひどい結果でした。
退院後、問題集的な本もないので、再挑戦はしていません。
どんな効果が私の脳にあるのかもピンとはきていませんけれど…
posted by yumenoya at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 後遺症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月14日

●クモ膜下出血とリハビリ、そして後遺症(002)(11/15追記あり)

★(“高次脳機能”的な障害)
いくつか読んだクモ膜下出血の解説書やネットサイトの解説から、
私の頭の中に起きたかも知れないことを想像すると、
破裂した脳動脈瘤からクモ膜下腔(内の軟膜と外のクモ膜の間の空間)に血液が少し漏れた。
クモ膜下腔を満たしていたのは脳室で作られた髄液であり、そこに血が混じりました。
血が混じった髄液はその流れに乗って軟膜に包まれた大脳に沿って上昇し、
血腫(固まった血)?は包む軟膜の上から大脳皮質を圧迫した。
そして一番大切な前頭葉の“前頭前野”が圧迫被害(?)を受けることとなった。
つまり、脳そのものに損傷は何も無かったけれど、
軟膜の上から血腫が“前頭前野”の部分を圧迫したので、
“高次脳機能障害”ではないけれど、“高次脳機能”的な障害が生じてしまった。
つまり物理的に確認できるような損傷は何も無かったけれど、
脳のなかで一番微妙なところ(神経細胞、シナプス、それらのシステム)なので、
私のように色んな障害が生じることとなったのです。(?)
でも繊細な箇所とは言え、血腫で圧迫されただけで、
“高次脳機能”的な障害以外にも、両眼の右側の一部視野が狭まったり、
少し高音の方で両耳が聴こえづらくなるなんてことも起こるのでしょうかね?

という風に自分に起きたことを理解するのは正しいのかどうか、
来週、札幌東徳洲会病院は脳神経外科の西先生の診察を受けることになっているので、
この辺りを中心にお聴きしたいと、再会を楽しみにしています。

(11/15追記)
私の表現に問題があって、大事なことをちゃんと書いていなかったら困るので、
自分にとっては一番痛切だった“障害らしい稚拙な日本語”に触れて置きたい。
8/17に始まった日記風ノートの実際(書き方)を確認すると明らかなことだけれど、
何と言う熟語を使いたかったのかも判読不能の漢字とひらがな、かなり適当な当て字や誤字、
言い方を変えて書き直してまた続けるが、やはり意味不明の繰り返しだという文も多数ある。
ノートに書くことを試みる前は、身内や見舞い客とどんなレベルの日本語で話していたのか、
まだ大したことは考えていなかっただろうと思うが、どんな言葉と文法で思考していたのかなど、
当時はさぞかし貧困な日本語を使っていたのだろうと想像するばかりです。
今でもまだ元に回復していない日本語の能力もあるけれど、
一体どんなことが大脳で起きたから、日本語でこんなにも振り回されることになったのか、
是非その実態を教えて欲しいものです。
こんなに祟っているということは、「軟膜の上から」ではなく直接に大脳皮質の部分が…

★(高次脳機能障害についてのサイト)
前回のブログで、時計台記念病院の臨床心理士・Gさんから、
私に関する文書「高次脳機能の特徴と対応点」で指摘されたことに少し触れ、
今回は上で、私の前頭葉の“前頭前野”で起きたらしいことについても書きました。
本日たまたまネットでキーワード検索しましたら、次の解説サイトが見つかり
●高次脳機能障害とは?
その中にあった貴重なPDF資料『高次脳機能障害の診断・リハビリテーションマニュアル』が、
●高次脳機能障害関係資料ダウンロードで入手できました。
さきの「高次脳機能の特徴と対応点」では次の4点について簡単に説明されています。
《配分性注意障害、遂行機能障害、軽度の失語症、言語性記憶障害》
このダウンロードした資料は「医療スタッフを中心とした専門家向けのマニュアル」として作成されたもので、
私に関連する4点についても内容が濃そうですので、これからじっくり読んで勉強するつもりです。
posted by yumenoya at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 後遺症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

●クモ膜下出血とリハビリ、そして後遺症(No.001)

★(はじめに)
退院はしたけれど、休止中のブログは、いったい何日になったら、
クモ膜下出血などをメインとしたブログとして再スタートするのか?
こんなにも遅れてしまったことに一番驚き、そして戸惑っているのは、この私です。

かつてはブログの記事を書くときは、
ただ気ままに文章を綴っていただけなのですが、
後遺症なのか退院後は、特別な意識を持たざるを得ないハメに陥ってしまいました。
下書きとして書いた文章を読み返す都度、
表現などで気にかかる点がいくつも出てきてしまい、
その結果、またもやの“一部の書き直し”とまたかの“文章の再構成”とが始まるという
繰り返しの連続になってしまいました。

今回は復活の第一回目なので、書きたいことも色々あり過ぎて、
だからうまくまとまらないのだろう、というのは手前勝手の解釈にすぎず、
自分の文章能力が現にこのように落ちたからなのだと実感しています。
(先に謝っておきます。誤字・脱字も、読みにくいところや内容重複もご容赦を)


★(手術と入院生活と退院の概略)
8/2(木曜)の夜、居酒屋のママさんたちの連携プレーもあって119番へ電話要請。
8/3(金曜)の深夜、救急車の救助チームによりボロ・マンションから助け出され、
姉の考えも考慮し救急病院として「札幌東徳洲会病院」へ搬送。
(駆けつけた姉は深刻ではない軽い症状と感じていたらしいが)
搬送された救急病院での検査で“クモ膜下出血”であることが判明。
(私のような手術という例もありますから、タクシーつもりの119番は止めましょう)

8/3付けの「手術の説明と同意書」の控えから抜粋すると、
病名は「クモ膜下出血、破裂脳動脈瘤」
手術名は「開頭術、クリッピング術、必要なら脳室ドレナージ」
手術に伴う危険性は「再破裂による急変、麻痺、意識障害などの起こる可能性、感染などの危険性があります」
手術時の麻酔方法は「全身麻酔」
そして手術予定日時は「8月3日午前10時30分」となっています。
(8/2から8/3にかけての救出と搬送については、ママさんたちや姉の解説もずっと後に聴いており、
そのときの記憶らしいものをいくつか断片的に思い出してもいますけれど、
姉が“クモ膜下出血”と告げられた頃からの記憶は全くありません。)

日付は不明だが8/17の部屋移動の数日前から三人によるリハビリが開始。
(“リハビリ”が何のことかも知らないままで始まった)
8/17(金)離れ的二人部屋から四人部屋へ引越し。日記書きのスタート。
(書いた本人にも解読不能の擬似日本語による書き言葉で開始された日記風ノート)
8/24(金)回復期リハビリのため転院するらしく、姉の案内で時計台記念病院と打合せ。
(当時まだリハビリがよく判らず、また転院といっても全て姉任せでした)
8/30(木)札幌東徳洲会病院から時計台記念病院へ転院(二人部屋)。
(朝昼夕食は全員が食堂に集まり決められた席でいただくというシステム)
10/10(水)時計台記念病院を退院しボロ・マンションへ戻る。
以上がクモ膜下出血の手術から、後に転院して退院するまでの外面的な流れだ。

★(手術後の自分と札幌東徳洲会病院の看護婦さんたち)
自分の手術のことについては全く知らないまま、
手術後は、ベッドの中から、身内や居酒屋の仲間たちに会っていたようです。
嬉しさと懐かしさのような気持ちでいたのでしょうけれど、
日本語の言葉数は極端に少なく、その使い方もまだヘタであり、
その当時自分自身のことをどれぐらい自覚していたのやら?

手術後の割と早い時期のもので、少し変わった古い記憶が二つあります。
昔の記憶もあやふやな時期だったと思いますが、
自分の中で何度かイメージとして思い出しているので、
結果的に記憶として今も残っているのではないかと思います。

その1つは夢の記憶であり、少し複雑でちょっと長い話なので、
かいつまんで紹介します(記憶から少しずつ消え去るエピソードも増加中)。
入院しベッド生活をしている私のプロの付き添い人は、
姉妹らしい若い女性が二人でしたけれど、
冷たい対応であったことから困っていたところ、
若い男性の付添い人が増えることとなり、今度は良い人と思っていましたが、
その男性はだんだんと正体を現して、
ついには三人一緒になって私をいじめるようになりました。
ある日、男がベッドに私を乗せたまま病室から出て移動し、
地下のゴミ収集場所のようなところへたどりつきました。
そしてそこのドアを開け、真っ暗な奥へベッドごと私を押し込みました。
真っ暗なトンネル(?)を奥へ奥へと移動させられると(自走ベルトの上のベッドか?)、
やがて微かな明かりが見えはじめ、人たちが現れ始めました。
その作業所(別ビルの地下)に居た人たちは、“よく来た”という態度で、
私を引っ張りトンネルの奥から助けてくれました。
そこからビルの上へと移動させられたところは、インド(?)の病院の病室であり、
これで怖い三人からは逃れることができたとホッとしているのが私です。
(夢の付添い人は、看護婦と医者ではないかとずっと感じています。ごめんなさい)

もう1つは深夜の出来事だと思われます。
ある夜、目が覚めると、両腕がベッドの横のパイプに縛られていました。
(「身体拘束(抑制)同意書」にあるよう、患者を守るための拘束行為)
そんな状態に気づいた私がまず試したことは、
この腕が自由にならないものか、もっとゆるくならないかと
体(特に上半身)をよじり両腕に力を入れることでした。
(看護婦さんへの迷惑・反抗という動機は皆無。単なる自由への憧れか)
そのときはたまたま固定の仕方に問題があったようで、
少しゆるい右腕の方で格闘を始めたところ、
右腕がついに自由になったので、点滴用の注射針もはずし、
次は左腕の方もだと取り掛かりましたが、
右腕の解放でもう疲れ果てていたようで寝てしまったようです。
同じ夜また目が覚めたときには、両腕がしっかり縛られており、
これで再度捕らえられ戦いは終わったのだ、と感じていたようです。

ついでに、夢か現か判然としませんが、救急車で搬入された時らしいイメージがあります。
搬入時にまず置かれた控え室で働いていたのは、男性のお医者さんと看護婦の人たちであり、
寝ぼけ眼で周りを見るベッドの上の私は、てきぱき仕事をする人たちを頼もしげに感じていました。
当時深夜とはいえ8月初めで暖かかったと思いますが、
少しひんやりとした部屋だなあと感じた記憶があります。

このように看護婦さんやお医者さんをとても頼もしく思った一方で、
そのこともあってか逆に、患者の甘えや弱さを許さないという恐さも感じていたので、
結果的にこの恐い面が、いじめられるという変な夢を見ることにつながったのでは…

ところで病院でのトイレの時期段階をリンクさせてみるのは、面白いと思いました。
変な話ですけれど、(オムツから?)ベッド横の大きなオマルに昇格しました。
大きい方を心配するほど食べてはいなかったと思うけれど、
ちゃんとしたオジさんとしては、オマルでしっかりせねばと感じていたのでしょう。
そしてオマルの次にランクアップし、点滴スタンドを押して歩き、
少し離れた看護婦の詰め所で合図をしてから、奥のトイレへ行くことに。
そのときには私も正式なトイレだけに、少し一人前に近づいた気持ちでいました。
それから少し経ってから、私もやっと一人前の患者になれたからなのか、
二人部屋から普通の四人部屋(トイレは二つの部屋の間)への移動が命ぜられました。

私の記憶の中には、今日は引越しよと仕切っている看護婦さんがいます。
四人部屋へ移ってからですが、その看護婦さんと少し会話したことがありました。
前の部屋にいるときに変な夢を見たことがあり、
その夢の中では、看護婦さんが、囚人たちの看守人のように思えたことがあったと言いましたら、
彼女は当然のように返してくれました、いつも憎まれる役柄ばっかりよと…
悪役に思われる損な役回りは普通のことよということなのでしょうか。
さきに紹介したように、看護婦さんが悪役に見えた、変な夢を見ていた時期もありましたけれど、
四人部屋の頃からというか自分を少しずつ取り戻してからは、ホントに感謝しております。
札幌東徳洲会病院の、特に6階の看護婦の皆さん、お世話になりました。
ところで8/3手術の直前に、後ろで縛っていた長い髪を坊主にしてくれたのは誰なんでしょう?

★(急性期リハビリと日本語)
二人部屋に居た頃、時たま身内や見舞い客と拙い会話をしていたのだろうと思います。
私の頭の中にあるのは、まだ数の少ない単純な言葉であり、
複雑なものを考えるのに向く熟語や構文はまだ存在していなかったからなのか、
自分そのものについて自問することの無い、幼い段階だったように思います。
トイレがやっと一人前になったこともあるのか、
若い三人(かなり後に知るリハビリ)が突然現れて、交代で迎え来てくれることになりました。
点滴スタンドを確保した私を車イスに乗せて、施設のある階へ連れて行ってくれました。
(8/19(日)点滴から解放されたのでその翌日からは歩いてリハビリ会場へ)

やっと自分というものについて、少し意識して考え始めたこともあるのか、
日本語での会話も可能そうな“遊び友達”が三人も登場したようで、
それぞれの迎えを楽しみに待つようになりました。
日本語というのはまだまだ自分の自由にならない難しい言葉だけれども、
これをもっと自由に使いこなせれば、
本当のオレにもっと近づくことも可能だという気がしており、
そう期待しつつ、この三人が今近くにいるならば…と感じていたようです。

そしてリハビリの象徴的な出来事がありました。
連れて行かれた教室に置いてあった鏡の中には私が写っており、
坊主頭で手術後のキズが大きく残っている自分との初対面でした。
鏡の中に写っている者は本当にオレなんだろうか?
手術のために髪を短く切った姿が写っているこの人物は、
何だかどうもしっくり来ないけれど、オレそのもので間違いないのだろうか?
自分が誰なのか今ひとつ自信を持てないこともあったので、
鏡に写る自分の視線からは眼を逸らさないようにじっと視つめ返しておりました。
入院してから初めて見た鏡のなかの自分に戸惑ってもいたようです。

リハビリ開始の数日後、17日(金)に4人部屋へ引っ越したときから、
姉の用意してくれたノートに向き合って、
思ったことを、思いついたことを何でも書くぞという作業が始まりました。
そしてその翌日の18日(土)には、たまたま飲み屋の仲間たちと同業の古本屋が訪問してくれ、
久々に大勢で懐かしい話題に盛り上がり、楽しい会話をすることが出来ました。
この時期にはほとんどの思い出的な記憶は元に戻っていたようで、
こんな話題で話し合うことに何らの問題も無かったようです。
(かなり後にこの日のことを古本屋の好友堂さんに確認したのだが、内容的な問題は何も無かったと)
しかし、前日17日から書き始めていたノートはどんな状態なのかというと、
誤字は当然で、何と言う熟語を書きたかったのか判読不能の漢字やひらがな、
自分でも変な文章だと思うからなのか、言い方を変えて書き直して続けるが、
やはり変てこな言い回しになってしまい、結果的に意味不明の繰り返しだというように、
書くということは、日本語の全く新たな面(脳の言語の新機能面)との出会いのようです。
まだ日本語にならぬものをノートに書きなぐることであろうとも、
意味を成さない文字も文章も繰り返し書くことで成長するかのように、
自分自身と語り合い、かつ自分についての理解を深めたいと考えていたようです。

このように、リハビリの三人との交流(会話とゲーム)が刺激となり、
次に始まった日記風ノートでの文章と自問思考の練習が肉付けするような形で、
私の“日本語”は再スタートしたようです。

★(私の気になること)
手術後に最初に意識したのは、まともに使いこなせていない日本語そのものでした。
当初の貧弱だった私の日本語能力も、リハビリでの会話・訓練が始まったこともあり、
かなり急速にレベルアップ(能力復活)しただろうとは思います。
ただ“急速に”というのは私の思い上がりだったようで、
転院してから思い知らされたのは、こんなことも出来ないのかと驚かされる
自分の劣っていた日本語の力でした。

ここで転院した病院のベッドで、読んだ本から一部紹介すると、
フロイド・E・ブルーム他「脳の探検 全2巻」(講談社、ブルーバックス、元版)
(難しい箇所は飛ばし飛ばしで読んだ本書の第8章の「思考と意識」から引用)
・「私たちは意識に現れた物ごとを記述するために言語を使う」
・「言語は人間が経験を組み立てる基本的な手段です。そのため、意識は言語に依存するのです。」
・「私たちが意識として経験するのは脳に起こる出来事のうち、脳の言語システムを介して処理されたものだけです。」
これらの文章は“日本語”でずっと悶々としていた私にとって、衝撃的な内容でした。
ままならぬ“日本語”と私全体を仕切っている大脳と
格闘せざるを得ないなと感じた理由がここにあるようです。

さて一番の問題である“クモ膜下出血”についての本を読み、少し具体的に知ったのは、
転院後のちょうど手術から一ヶ月経った頃でした。
ある時期はまるで無関心というか、自分自身の病気について無頓着とも思える変な時期もありましたが、
段々と気になり始め、退院後は脳卒中や大脳についての解説書を読み、
またクモ膜下出血や後遺症に関連するネットのサイトも調べたり、
2病院でお世話になったリハビリについての本も購入するなど、
関連分野への関心は増殖しているようです。

なかでも、オレに何が起き、どんな手術がなされ、大脳皮質などへの影響はどうだったのか。
自分に起きた事すべてについてを知りたいと考えるようになりました。
“脳動脈瘤の破裂”と“クモ膜下出血”も、やっと少しは理解できるようになったので、
手術の主治医の先生に会うときには、色々質問して、是非教えてもらいたいと思っています。
私の中で実際に何が起きたのか、そして今何が行われているのかを知ることが、
今ある自分と対峙することにつながるんだと思います。

また今の私自身が色んな後遺症の影響下にあるわけで、
軽微とは言え、視野と聴力に一部障害のあることも判明しました。
数値化するこれら眼と耳とに比べると、精神的な障害についての説明は難しくなりますが、
今ある記憶や能力などの大切なことも後遺症の元となることも、私の大脳のなかで起こったのです。
以前の自分との連続性を一部失ったのではとも思えた手術後の“オジサン坊や”だった私、
過去の色んな記憶やほとんどの能力を取り戻したと思わえる今の自分、
かつてあったけれど今は一部失われたかに見える色んな能力、
現在新たな結びつきを強めようとしているかもしれない神経細胞とシナプス…
これからは大脳と言語についての話題周辺をずっと動くことになりそうです。

★(ブログについて)
転院が決まった頃は札幌東徳洲会病院のリハビリの若い人たちに、
そして転院した後は時計台記念病院で会ったリハビリの大勢の若い人たちにも、
退院したらブログで病気とリハビリなどについて書くつもりなので、
その時はよろしく、と言いながらか、または心の中で唱えながら、
この部屋に戻ってきました。

以前のブログであれば、書き終わった文章をもう一度読み返し、
内容に特に問題が無くて、第三者に意味は通じるだろうということなら、
それがブログの記事のゴーサインで、即アップロード(公開)になっていました。
たまに何か投稿しなくっちゃ、ネタは何かなかったかな、
そうだあれで行こう、よし出来たからアップだ、
という軽いノリで書いて投稿していましたから、
書くことでこんなにも意識して悩んでしまうことになるなんて…。
こんなブログならば、まず判りやすい文章かどうかが問題になるでしょう。
ところが実際に書いている私の能力はどうかというと、かなり落ちています。
恐らく昔の、病気前の文章と比べてもらったら、一目瞭然かも知れません。
文章と文章のつながりとか、文章の集まりの構成というか、
論理的な結びつけ方(文法)といったら良いのか、どう表現すべきなのか判りませんが、
以前意識もせずに出来たことが、今は意識しても出来ません。

昨日再読した文書に大事な指摘があったので、それを紹介します。
時計台記念病院のリハビリの臨床心理士・Gさんから退院する直前に渡されたもので、
それまでの私に対する色んな検査・テストなどの結果を踏まえて、
文書「高次脳機能の特徴と対応点」で4点が指摘されています。
そのひとつが「順序立てて考えたり、抽象的に考える事が苦手になっている」とし、
「遂行機能障害」と呼んでいます。
また「要領よく伝えたり、文章を作ったりする事が苦手になっている」という
軽度の「失語症」があげられ、さきの「遂行機能障害」と相まることも危惧されています。
まさに上の二点は、私がずっと悩んでいたブログでの文章作成のことも指摘しているのだと思います。

残念なことだけれど、ブログを前のようには書けなくなったことを後遺症として認め、
文章作りがこのように拙くとも、このレベルをスタートラインとするしかないようです。
そこで「はじめに」に書いた“書き直し”は、今回はもうヤメとしました。
やっとアキラメがついたということでしょうか。

★(終わりに)
次からの話題は毎回もっと絞ったテーマ別になるだろうと思いますが、
そうなると今の私の文章力でも対応できるかも知れません。

今回は第一回目ということで、記憶の少ない初期の時期を取り上げたので、
看護婦さんやお医者さんの登場も少し多くなりましたが、
次回は“リハビリ”関連で行こうと思っています。