2006年07月30日

●GoogleEarthグーグルアースで気分はスーパーマン

昨夜、また今日も巨人の負けだなと、中継の途中でチャンネルを変えた。
たまたま合わせた「世界一受けたい授業」で“グーグルアース”の授業が始まったので、
早速Googleで“グーグルアース”のキーワード検索をしてみた。
グーグルアースFAN−廃人でも解るグーグルアース
にダウンロード先とその説明が書いてあったので、
早速訪問しVersion 3(メモリーなどの関係で性能の良さそうなVersion 4は断念)をダウンロード。
(OSはWindows 2000 or Windows XPかMac OS X 10.3.9以上でないとダメなようです)
インストール後、早速起動したら、「Could not load image」というエラーメッセージが出たが、
OKボタンをしつこく押し続けたら(21回目)、やっとソフトが起動し、北アメリカ大陸が拡大し始めました。
画面の右下角と左下角に“Image not found”という表示が常時出ているけれど、
地球画面の回転も拡大縮小もOK。
最初に探したのは、授業でもやっていたエジプトのピラミッド、
おおよその場所も判らないので、Googleで“ピラミッド”を検索して、
大まかな目安をつけてズーム移動でやっと小さな四角が三つ並んでいるのを見つけたときには“ヤッタぁ!”。
ズームインでよると、これぞまさしく三大ピラミッドだ。
何故か画像保存の機能も使えないので、キャプチャ画像を紹介します。

6-7-30.jpg

ピラミッドの位置、緯度と経度は次のとおり
29°58'36.80"N, 31°07'50.06"E
ソフトの左上の“Fly to”の検索ボックスに上の数値を貼り付けてSearchボタンを押すと、
一気に上空へ舞い上がって北アフリカ→エジプト→カイロへとズームイン。
気分は、その視界は映画の空翔るスーパーマンです。
ナスカの地上絵、エアーズロックなど飛んで行きたいところは沢山あるのだが、ウロウロするだけ。
次にじっくり探したのは、南海の孤島・イースター島
全部海ばかりで適当にズームしてもやはり海ばかり
Googleで調べおおよその見当をつけ、ついでに飛行場のマークをオンにしてやっと探し当てました。
その緯度と経度は次のとおりです。
27°06'06.75"S, 109°21'00.60"W
ここはボヤケタ島の画像だけで、もちろんモアイは見えません。

誰でもやるんでしょうけれど、もちろん途中で自分のボロマンションを探しました。
長年暮らしている札幌ですから、札幌上空をウロウロ移動しながら、
ついに我がマンションの屋上を発見。
30年以上ご無沙汰の故郷へもいってみましたが、田舎は解像度の低いボヤケタ画像で残念。
そして明るくなりかけた頃、寝酒も終わりやっと寝ました。

今日は朝10時に目が覚めてからまた早速グーグルアース
相変わらず21回目のOKボタンでやっとソフトが起動(昨夜再インストールしたがやっぱり同じ)
今日はじっくりGoogle検索してみました。
グーグルアースで世界旅行をしよう!: グーグルアース観光旅行(海外)
ここには世界遺産など色んな観光地の緯度経度が記載してあったので、助かりました。
昨夜見ることの出来なかったストーンヘンジ、エアーズロック、ナスカなどを堪能

あのテポドン発射台があるらしい緯度経度を記したサイトもありました。
また、Google Earthで宇宙から世界遺産を眺めよう のサイトの2ページ目には、
“世界遺産の場所を表すユネスコ世界遺産マークが表示”できるサイトの紹介もあったが、
完全に機能していないグーグルアースのためかインストールに失敗。
なお、Version 4には日本語化パッチがあるらしい、これまた残念

軍事衛星からスタートした技術が元なんだろうけれど、スゴイもんですね。
有料ソフトだと解像度も高いだろうし、ピンポイントで最新の画像も入手できるのでしょう。
テロリストに悪用される懸念を表明している国もあるらしいが、
先日NHKでやっていた無人ロボット飛行機や無人ロボット自動車など、
軍事用無人ロボットなどの開発も怖いですね。
市販の機器でミサイルも簡単に製造できるという話もしてました。
アメリカが最初なんだろうけど、イスラエルも今盛んに無人ロボット飛行機で空爆しています。
人間のやる情報分析には間違いがつきものだから、誤爆が起こりえるのは当然のこと。
歯止めのない武器開発とその利用、そして無差別的な攻撃の応酬へとエスカレート…

●(追記2006.7/31)
起動時にトラブルのあったGoogleEarthですが、
上で紹介しましたグーグルアースFAN−廃人でも解るグーグルアースの掲示板をチェックしていたら、
似たような質問に対する回答が載っており、そこに書かれていた「GoogleEarthRegEdit2」をダウンロードしましたら、
「Could not load image」というエラーメッセージ無しで一発起動、
また画面の下両角にあった“Image not found”という表示も消えました。
さらに、お気に入りの場所も登録できるようになりました。ただ画像保存はやっぱり真っ黒のままです。
その掲示板の説明によると、緯度経度の表示には、60進法と10進法があるらしい。
まあ色んな表し方があるようで、NSEWも前でも後ろでもかまわないようです。
10進法でのピラミッドの位置は
N29.97587778 E31.1303583
ちなみに私の住んでいるボロマンションの近くは
43.100576N, 141.340635E
posted by yumenoya at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月27日

★最近読んだ本などから

●倉本聰「愚者の旅―わがドラマ放浪」理論社
帯に“自伝的長編エッセイ”とあったので購入し、寝付けない夜に読み始めた。
ラジオドラマ、テレビドラマ、映画そして演劇と俳優たちの面白いエピソードが盛り沢山。
ニッポン放送に就職が決まっていた大学生のとき、内職厳禁と言われていたので、
他局の連続ラジオドラマの依頼を受け、“倉本聰”の名でデビューしたとのこと。
NHKの大河ドラマ「勝海舟」の降板事件についても、しっかり真相が語られている。
また学生時代時々視ていたドラマ「前略おふくろ様」のシナリオは、札幌で書かれていたようだ。
あのとき、同じ空の下に、倉本聰さんが暮らしていたんですね。
北海道での定住先として富良野が決まる前、積丹の美国が有力候補だったが、
岬が岩盤で全く水が出ないとのことで断念したとのこと。
本書には、断章「田中絹代」と断章「石原裕次郎」とが、既刊の本より再録されている。
晩年の田中絹代さんの暮らし向きは驚くほど質素だったようです。
家にはカラーテレビも置いていなかったと。
笠智衆と共演したドラマ「幻の町」も良かったけれど、テレビでは出演料も大したことなかったのかな。
勝新太郎のことを書いた断章「勝新との時間」は書き下ろし。
私自身は一度も視ていないドラマ「北の国から」だが、
本書の終章には、「局から終了を宣告された」と無念の想いが書かれていた。
それでサブタイトルを「遺言」にしたと。
「北の国から」のシナリオは既に全部揃っているので、そろそろ取りかかるかな…
NHK降板後、初依頼という「6羽のかもめ」をまず先に読もう。どこに積んであるのか。

本書で最も印象的だった言葉
「共に感動してくれる者がいない!それはどれほど空しいことであるか!」
「ヒトとは感動を共有できる唯一の動物ではないかと僕は思っている。
そこにこそドラマというものの生れた大きな要因があったのではないか。」
これはあくまで文章の抜粋でしかありませんが、
本書を読み進み終章にこの言葉が出てきたときは、ジーンときました。
オススメの一冊です。

このように“ブログ”で良かった本などについて書き発信するのも、
おそらく倉本聰さんの云う“感動の共有”を求めての行為なのでしょう。
見知らぬ同好の士を求めて…


●山城新伍「おこりんぼ さびしんぼ―若山富三郎・勝新太郎 無頼控」幻冬舎
●勝新太郎の座頭市シリーズの第1作映画「座頭市物語」1962年
少し前に、山城新伍が「ぼくは、この二人の影響以外、誰の影響も受けていない」と敬愛する
二人の役者馬鹿兄弟について書かれた「おこりんぼ さびしんぼ」を読んだ。
勝新と云えば、兵隊やくざシリーズや悪名シリーズも記憶に残っているが、
子供の頃、テレビでだと思うが最初に視た勝新は、
狸御殿云々という時代劇ミュージカルのような映画で、唄がうまくてりりしい男という印象が強い。
一方、若山富三郎は「子連れ狼」が最初で、このときに勝新の兄貴らしいと知ったぐらいの印象しかない。
後に「事件」で渋い役を演じたけれど。

「愚者の旅―わがドラマ放浪」の断章「勝新との時間」で触れられていた
倉本聰さんが勝新のために書いたというテレビシナリオ、
“売れなくなった初老のシナリオライター”の役
勝新は気に入らなかったようですが、やはり渋い役柄を演じる勝新も一度視たかったですねぇ。

最近、勝新に縁があるなあと思っていたら、
久々に覘いたパソコンテレビ GyaO [ギャオ] 無料動画で、
座頭市シリーズの第1作「座頭市物語」をやっていたので、早速視た。
共演は天知茂で平手造酒の役、南道郎という懐かしい顔もあり、なかなか楽しめました。
懐かしい人もビートたけししか知らない始めての人も、8/20(日)正午までですぞ。


●夏樹静子、石松愛弘、宮川一郎、須川栄三、押川国秋、小川英、蔵元三四郎
「夏樹静子サスペンス―関西テレビ月曜サスペンスシリーズ」関西テレビ放送
短編小説と脚本を併載した出版界初の作品集だそうで、5作品それぞれにシナリオライターのコメントが付いている。
原作小説、シナリオ、コメントの順で5作品を読んだが、
シナリオライターの工夫、苦心の跡が窺え、大変面白かった。
やはり並べて読むと、原作と映像化されるドラマは全く別物なんだなということが良くわかります。
こういう原作小説と脚本を併載した本って他にないのでしょうかね。
倉本聰や山田太一という人気どころでないとシナリオはなかなか売れないかな…

posted by yumenoya at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

★毎夏恒例の寿都の海へ

北24条街の行きつけの小さな居酒屋「T勝」、そこのママとマスター、そして常連達による
毎年恒例となっている寿都(すっつ)の海へ、7/16〜17日の連休に一泊で行って来ました。
寿都町は後志管内にある日本海に面した漁業の町で、マスターの故郷です。
たまたま出発の前夜、4年ぐらい前に北大大学院を卒業して四国の県庁に勤めた
かつてのその店の常連が来札したので、久々に一緒に飲み、寝るのが遅くなってしまった。
私は以前一度海への出発の朝、寝坊する事件を起こしているので、
心配してくれたママの手配で迎えが来て、朝はピンポン・ピンポンの連打で起こされてしまいました。
(帰ってきてから確認したら、目覚まし時計が1時間遅れていました。反省)
朝10時近くに集合場所の居酒屋前を車4台に分乗して出発、総勢20人近く。
(平均年齢は軽く50を越えそうなメンバーです)

やっと到着した寿都はたまたま神社の祭りの日だったので、久々に神輿なるものを観てきました。
ただ海の宿兼宴会場となるマスターの生まれた家は、祭りのコースの最果てのもっと奥だったので、
街道沿いの大きな家の前で祭り姿の男衆は先に来て振る舞い酒を飲んでおり、
まだかと神輿を待っていたら、ようやくトラックに積まれて到着したときには、びっくりしました。
中心街からいくつもの坂を越えたあんな遠くまで神輿を担いで練り歩いてくるのは
後で言われて不可能だと判ったけれど、神輿のトラック移動には驚かされました。
訊くと担ぎ手の若い衆が不足なので、大学生の助っ人を頼んでいるとのこと。

私は高校一年のとき、部活がらみで祭りのバイトをやったけれど、
肩に食い込む神輿の重さは半端じゃありませんでした。
街中を練り歩く祭りの後半は、私と似た背格好の友達と二人で、
獅子をやらされ、子供の頭をガブリとやっては小さな子供たちに怖がられました。
私の故郷の祭り、神輿の担ぎ手、ちゃんと足りているのだろうか。
もう30年以上も行っていないけれど

寿都では荷物下ろしが終わって、男衆はまず安着祝いに冷えた缶ビール、
今回の海のためにメンバーが作った特別製の大きな焼き台などをセットし、
日帰りするご夫婦のための小さな焼き台のスミおこしも終わった頃、
缶ビールも二本目以降となっていてちょっと肴が欲しくなり、
仕入れてきたイカをまとめてさばいていた女性に頼んで、
塩辛用か鉄板焼き用と思われた耳だけをイカ刺しにしてもらった。
小皿二つに醤油を入れてから、ママにショウガをもらいに行ったら、
「料理はまだ早い」と怒られるが、何か肴が無いと男衆は淋しいと言うと、
後でショウガを届けてくれました。もちろん宴会じゃないので、最初は指でつまんでのイカ耳刺身。
そのうち、イカ刺し本体と個別の醤油皿とハシも届きました。
そして夕方近くから宴会の本番、焼肉と海の珍味のパーティが始まりました。
今年は特別製焼き台を作ってくれた人が特製の鉄板と厚い木の板も持参してくれたので、
魚を入れる箱二段に厚木の板を渡して座り心地も満点の宴会でした。
そのうち、焼酎を飲む人も出、私は日本酒に変わりましたが、
私は前々日の寝不足と前日の夜更かしが崇り、早くにバタンキューでした。
夜、雨がザーザーと降ったのも雷が鳴ったのも知らずに朝まで爆睡していました。
翌朝は6時頃目が覚め、途中ぬるい缶ビールを持って一人海へ降り、そして9時近くに朝食。
宴会の翌日の朝メシってなんでこんなに旨いのでしょうかね。
大勢で賑やかに食べる楽しさもあるから、おいしさも倍増なのでしょうか。
テレビの朝の天気予報によると、雨が降るらしい。
数人が海へ降りて行ったかと思ったら、急に雨が…
すると雷嫌いの一番若い女性が坂を駆け上がって逃げて来ました。
雨の止んだ合間に昨夜活躍してくれた鉄板掃除など外の後片付け。
午後一時には恒例のカレーライスで昼食が始まり、ちょっと休んでから撤収作業。
帰りはこれまた恒例となった「ゆべつのゆ」という寿都の温泉で一休み。
湯上りの冷えた缶ビールの味は格別でした。

そうそう今年もセミの声を聴けませんでしたが、
ウグイスがさかんに「ホーホケキョ」と鳴いておりました。

帰路は峠に近づくと雨足もきつくなり、またスゴイ濃霧もあって少し渋滞しました。
濃霧のあまりのひどさに、さすがのおしゃべり軍団も前の車のテイルランプをじっと見つめるばかりでした。
やっと無事居酒屋に帰り着き、荷物も降ろし終わり、全車解散してから、
残った数人で冷えた缶ビール、そして海で余ったゴハンとオカズで軽い夕食。
そのうち、海に行けなかった二人の常連も顔を出し、また酒盛りが始まってしまいました。

去年は二泊だったのが、今年は一泊、
また去年よりは天気が悪かったこともあり、海で飲んだビールの量は極端に落ちました。
その所為もあってか疲れの残り方も少なく、翌日も今年はかなり楽です。
ただブヨと蚊に刺された痕のかゆみとホテリ・ハレが両足首で疼いております。
海での虫刺されって結構尾を引くんですよね。今回も完治するまで長引きそうです。
宴会前にしっかり防虫スプレーをかけたつもりなんですが…
posted by yumenoya at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

★西村繁男「まんが編集術」(白夜書房)とマンガ雑誌

知る人ぞ知る、週刊・少年ジャンプの編集長だった方。
以前読んだ「さらば、わが青春の『少年ジャンプ』」(飛鳥新社、後に増補版で幻冬舎文庫)が面白かったので、
先日古本屋で見つけて購入し、一気に読み終えた。
「さらば、わが青春の『少年ジャンプ』」との重複も多いのだろうとなとは思うが、
マンガ家がらみの裏話はやっぱり面白い。
小説の編集者の本だと、名前だけしか知らないという作家も含まれるてくから、
面白さも半減してしまうけれど、これがマンガの編集者による本となると、
マンガで育った世代だから、登場するほとんどのマンガ家・原作者と作品の多くを知っているので、
“なるほど”や“そうだったのか”という興味深いエピソードが盛りだくさんで楽しめました。
なお、この本「まんが編集術」はもはや絶版のようです。こっちは文庫化されないのかな?
ちなみに下記のアマゾンによると、11/15現在で定価(本体)1900円の本が5000円の高値だから、
手放す人が少ないということでしょうかね。
「完全掲載作品リスト/完全作品索引/完全作家索引」も付いているので、
週刊・少年ジャンプで育った人には、資料を兼ねた貴重な一冊なのかも知れません。
これは次回の古本通販メルマガに1500円で掲載予定です。


話は変わり
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のサイトによると、
週刊少年ジャンプは「1968年7月11日に創刊。」
昭和43年7月(昔のことは西暦だとピンときません)というと、私は高校2年、
当時は「巨人の星」と「あしたのジョー」は別格として、
その頃創刊された「ビッグコミック」「ヤングコミック」「漫画アクション」など
青年向けマンガ雑誌を中心に読んでいたので、
薄いくせに高額だった後発の「少年ジャンプ」は買う対象外だった。
ただ本宮ひろ志の「男一匹ガキ大将」だけは読んでいたようだ。
まだ画もヘタで荒々しいタッチだったが、ストーリーには迫力がありましたから、
友達間でも話題になり、単行本を借りて読んだのだと思う。
この頃だと思うが「別冊マガジン」には「スパイダーマン」などが載っており、
いわゆる少年誌ではこれが全体として一番充実していたように記憶している。
(約20年後、古本屋で「別冊マガジン」を一冊見つけ、ちょっと高かったけれど買いました。)
高校を卒業し親元を離れてからは、予備校に通い大学生になってからは、
マンガ雑誌を買う余裕は全く無くなっていました。
もちろんマンガの単行本も学生時代には古本で数えるほどしか買っていません。
共同玄関、共同トイレのアパートに住んでいた時代には、
サラリーマン風の同棲時代らしき住人が廊下に縛って積んでいた雑誌を持ってきては読んでいたけれど、
そこから引越した後は、いったいどこでマンガを読んでいたのだろうか?
雑誌などが置いてある喫茶店に行くゼニはもったいなかった時代だ。
ということは、マンガをほとんど読んでいない時期なのかも知れない。
ひょっとしたら貸本屋を始めてから仕入れ、その時に読んだという作品が多いのだろうか?
学生時代、唯一立ち読みしていたのは、百里あきら「ガッツ乱平」(月刊少年ジャンプ)のみ。
毎月発売を楽しみにして、近くの生協にお世話になっておりました。
百里あきらのとぼけた味、好きだったんですが、貸本屋時代に全2巻ものを仕入れて以来、
とんとお目にかかっていません、どうしたのでしょうか?
勤めてからは新しい独身寮が出来たときに有志が集まり、マンガ雑誌がダブらないように共同購入を始め、
食堂に置いて回し読みをした。メンバー以外には寄付箱を設置しましたっけ。
週刊誌の「少年ジャンプ」に身銭を切ったのは、この共同購入のときが最初で最後だ。
当時、個人的に買っていたのは月刊「マンガ少年」(朝日ソノラマ)
この「マンガ少年」も転勤のとき、全て独身寮に置いてきた。
それから10年後ぐらいにセットの古本を通販目録に見つけて買い再読したというのも、今は懐かしい思い出です。
そのうち「マンガ少年」と「COM」の詰まったダンボール箱がゾロゾロ出てくるだろうから、
そのときには拾い読みしてから、ネット通販で手放します。何年後になることやら…
posted by yumenoya at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

●泣けました、梶尾真治「この胸いっぱいの愛を」(小学館文庫)

梶尾真治、通称カジシンさん
古本屋へ行くと、まだ読んでいない本が何か入荷してないかなと必ずチェックしている数少ない作家の一人だ。
この本は古本屋で何度も見かけながら、
映画のノベライズ版じゃ大したことないなと購入をずっと躊躇っていたが、
カジシン禁断症状からついつい買ってしまった。
先日の早朝、予定よりもずっと早くに目が覚めてしまったので、ベッドで読み始めたら、
もう一気の面白さで、終盤は涙と鼻水をふきふきでした。
何でもっと早くに読まなかったのか悔やまれます。
今年読んだ本では最高の感動作品でした。
過去に戻って、死ぬ運命にある愛する人を救えたら…、
元版の小説「クロノス・ジョウンターの伝説」(朝日ソノラマ、ソノラマ文庫、増補版)も泣けた小説でしたが、
あれを原作にして、この映画「この胸いっぱいの愛を」を作った脚本家は大した技量ですな。
念のため調べてみたら、次のシナリオライターでした。
脚本:鈴木謙一、渡辺千穂、塩田明彦(監督)
タイム・スリップの機械、クロノス・ジョウンターについてクドクド説明がないから、
映画を視た人も、ノベライズ版小説を読んだ人も、この世界に入り易かっただろうと思う。
メイン・ストーリーにバイオリンを絡ませたことで、音楽が付きものの映画にはビッタリ、
そこにオーケストラを登場させることでクラッイマックスの映像と音もきっと盛り上がったことでしょう。

日本映画の新作は、宮崎駿監督と三谷幸喜監督以外ほとんど関心がなかったが、
この映画だけはレンタル屋で探して視ないとならないかな。

映画『この胸いっぱいの愛を』公式ホームページ

カジシンさんには、まだ文庫化されていない未読の単行本がいくつかあるのだが、
古本屋での回転が良いのか、なかなか出合えず残念だ。
久々に市立図書館を覘いてみるかな…何たってタダだから
posted by yumenoya at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月01日

●コンビニ廉価本(コンビニ廉価版)マンガは要チェック

正式な統一名称はあるのでしょうかね?コンビニ廉価本
“21世紀のコミック作家の著作権を考える会”のアピール文が雑誌に掲載されて話題となり、
しかしながら新古書店に対する名案も出ず暗礁に乗り上げた頃、
出版社とマンガ家の危機感から新古書店対策として、コンビニ廉価本が登場したはず。
古本並に安ければ、新古書店へ行かずにコンビニで買ってくれるのでは、という思惑。
そうすれば、出版社の売上であり、マンガ家に印税も入ると。
古くから「ゴルゴ13シリーズ」という雑誌別冊扱いのコンビニ本がありましたから、
あのイメージでと出版社が足並みを揃えたのかも…
今でも続いているということは、それなりの成果もあったのでしょう。
しかし、読み終えられたコンビニ廉価本はやっぱり古本屋へも流れている。
ブックOの札幌・大通り店のみは、かなり以前にコンビニ廉価本のコーナーを廃止したが。

新古書店で見つけたマンガについて、ネットで調べたら完結巻の出ていることがわかり、
昨年初めてコンビニ廉価本を新刊で買った。
影丸穣也・画、真樹日佐夫・作「ワル 最終章―ワル氷室死す… 第3巻」(コアマガジン)
普段コンビニに行っても雑誌などのコーナーをチェックしたことはないので、
とりあえずアマゾンで申し込んだ後、念のため、近くのセイコーマートへ行ったら、
喜ぶべきか悲しむべきか並んでおり、アマゾンからの到着を待ちきれなく、買ってしまった。
戻って即アマゾンのサイトへ再度行って確認したらば、
コンビニ廉価本は注文をキャンセルできないとのことでガックリ。
この「ワル 最終章 全3巻」は、これが初の単行本化だったんですから、コンビニ廉価本も侮れません。
あのワル・氷室洋二が死んでワル・シリーズが完結したことを知らないファンが結構いるかも?


新田たつお「学校長 花沢一平  新田たつお お蔵出し作品集」(講談社 KPC)
などという普通の単行本でも売れるだろうと思われる未収録作品集も出ていたりします。

星野之宣さんの傑作のひとつ「妖女伝説」は、新書判もA5判も持っていたけれど、
「完全版妖女伝説 全2巻」(嶋中書店)が廉価本として出ていて、
A5判には未収録の「アリス」と「水のアマゾネス」の二作品を収録していました。


現在探しているコンビニ廉価本の古本に藤子・F・不二雄さんのがあります。
ちょっと高額なので全部は揃えられなかった「SF短編PERFECT版 全8巻」(小学館)、
これに収録のほとんどの短編が収録されているらしいコンビニ廉価版の
「藤子・F・不二雄短編集(My First Big) 全15巻」(小学館、My First Big)
2年近くかかって、やっとあと一冊のところまで漕ぎつけました。
残る一冊は下記の第15巻目だ。

今、藤子不二雄GALLERYで確認したら、
やはり「PERFECT版」には敵わないようで、
第6巻にのみ収録の「絶滅の島」が、唯一の未読SF短編作品として残るようです。
藤子・F・不二雄さんのSF短編の好きな方は、
上記・藤子不二雄GALLERYの次のリンクをたどると
短編集GALLERY→SF短編リスト
色々な短編集の収録作品の比較整理がされています。未読のSF短編のチェックにどうぞ

このように初の単行本化と未収録作品の収録や
絶版プレミアム本の復刻、高額本の廉価販売などがあるので、コンビニ本は要チェックです。
たまたまもらった「味いちもんめ」を確認したら、4年かかって今年第2刷でした。
たまには増刷されることもあるようですが、
印刷部数そのものが少ないようで、絶版となるのも普通の単行本よりは早いようです。
またスペースに限りあるコンビニの書棚、返品されるのも速そうです。
更に、買取価格も極端に安いでしょうから、古本屋に持ち込まれる可能性も低いので、
本によっては古本としての入手も結構難しそうで、高値のついているものもあります。

ところで、このコンビニ廉価本、ISBNもちゃんと入っておりますから、
新刊書店には並ばないとしても、新刊書店での取り寄せ注文はできるのでしょうかね?
ちょっと気になります。ネットの新刊書店では扱っているようですけれど。
結局同じ本を2冊買うことになった「ワル 最終章―ワル氷室死す… 第3巻」
アマゾンでの分は送料300円もかかっているから、取り寄せできるのなら、安上がりだ。
念のため、ある新刊案内のサイトを見たら、コンビニ廉価本も新刊案内にちゃんと載っておりました。
そうそうネットで注文してセブン・イレブンで受け取るサービスがありましたから、
取り寄せるのなら、そのサイトの方が便利で本の到着も速いようです。
新刊書店だと、以前は2・3週間かかっておりましたから。
でも、取次ぎの大拠点倉庫も新たにできたようだから、少しは取り寄せも速くなったのでしょうかね?

(Amazon.co.jpアソシエイト)
アマゾンのアソシエイトを始めたのは、約一ヶ月前の5月24日
本日7/1その結果を確認したら、2点の売り上げがあり、その紹介料は1%の21円でした。
そう簡単には売れないようですな。
posted by yumenoya at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 古本屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする