2018年10月14日

◎《狩撫麻礼作品part4》ファンサイト「らんえんのうた」と「ツキノウタゲ」、スカイプ酒宴、別名義

好きなマンガ家や好きなマンガ原作者について
同好の士と語る機会というのは意外と少ないものだ。
私は1999年に漫画貸本屋のホームページを開設し、
その時に掲示板を設置して、2000年にはネット古本屋も開業した。
この掲示板では色んなマンガ家、マンガ作品が話題となり、
色んな書き込みがあり、投稿に反応して私も書き込みすることがあった。
ホームページには付き物としてリンク集があるけれど、
相互リンクしたマンガに強いネット古本屋や関連サイトなどに始まり、
後には気になるマンガ家や原作者についのファン・サイトのリンク集を独立させた。

ファン・サイトは新作情報や未収録作品のチェックに欠かせない。
また傑作選的な短編集には、絶版や未収録の短編が収録されることがあるので、
収録されている作品の一覧のチェックが必要となる場合もある。
その意味でファンサイトのリンク集は自分のために設置したものだ。
だから、気に入ったサイトがあると勝手にリンク集に加えてから、
事後承諾の形で、勝手にリンク集に入れましたとメールで一応挨拶した。
なかには、連絡無用というファンサイトもあり、その時は連絡メールを省略。

私がパソコンを買いネットを始めたのはwindows95が話題となった1995年だったけど、
当時はGoogleのようなロボット型検索エンジンはまだ登場しておらず、
サイト名とサイト解説文を色々あった登録型検索サイトに登録するシステムだった。
Googleのような全文検索は2001年??まで待つ必要があった。
(まずYahoo!Japanがロボット型検索エンジンgooのサイトと提携が全文検索の最初か??)
このGoogle登場以来、私は今も検索はGoogleをずっと愛用しているが、
これから初めて、作者名、単行本の題名などをキーワードにした古本探しに、
検索エンジンが使えるという今のネット環境がやっと開幕した。

この全文検索のロボット型検索エンジンの環境が整う前は、
当時大学生(亜樹さん)が個人運営していた今は亡き「古本屋さんに行こうよ!」
(今も思うが、ホームページのお手本のようなサイトだった)
ここにあった「日本の古本一発検索」という検索サービスが
(大学のサーバーを利用して構築した検索システム)
登録していたネット古本屋を全文検索するという唯一の存在だった。

私が貸本屋のホームページを開設したのは1999年10月20日
そして入札方式のネット古本屋を開始したのは2000年1月5日だった。
2000年又は2001年というのはひとつの節目の年だったのか、
この頃に一念発起してホームページを立ち上げた人が多かったように感じる。
後述する狩撫麻礼ファンサイト「らんえんのうた」は
2000年1月にスタートしていた。

私は1991年にマンガの貸本屋を開業した。
当時、どんなマンガ家が、どんなマンガ作品が人気なのかを知るため、
マンガファン向けの情報雑誌「コミックボックス」「ふゅーじょんぷろだくと」「ぱふ」を読んでいたけど、
その頃に一番困ったのは、原作者「狩撫麻礼」であった。
単なる改名であれば、新しい原作者名を追いかければ済む話なのだが、
噂によれば(2チャンネルだったかな??)、作品ごとに原作者名を変えているらしい……
(後述の「ツキノウタゲ(月の宴)」によると、狩撫麻礼名義での最後の長編連載は「タコポン」の漫画アクション1995〜1997年らしい)

狩撫麻礼ファンは困りましたねぇー!!??
まだファンサイトは無いし……
当時の記憶は薄れているが、2チャンネルの噂をチェックしていたのだろうか。
意図的に変名で雑誌連載しているのだから、単行本になっても、
「実は狩撫麻礼ですよ」とは一切書かれていない。
だから唯一の情報源であった2チャンネルの噂になっていた作品を
古本屋で買って読んで、このテイストは狩撫麻礼作品に間違いないと感じるしか無かった。

そうした状況の時に狩撫麻礼ファンサイト「らんえんのうた」が2000年に開設された。

「らんえんのうた」の開設者(トオル氏)とは、
メールを何度かやりとりするようになった。
「らんえんのうた」のリストに無い記事をファン雑誌に見つけると、
真っ先にコピーして送付し、お礼に未収録作品のコピーを送ってもらった事もあった。

サイト「らんえんのうた」の異変に気付いたのは「ツキノウタゲ(月の宴)」さん
サイトの更新が途絶えていた事から
「らんえんのうた」のミラーサイト「ツキノウタゲ」が立ちあがった。
http://caribumarley.web.fc2.com/index.html
(この詳しい経過は、私もスカイプした9/22(日曜)まで知らなかった)
(詳しいことは「ツキノウタゲ(月の宴)」TOPの最下段「ガハハ 酒は原価が一番か」コーナーで)
http://caribumarley.blog116.fc2.com/blog-category-3.html


狩撫麻礼さんの訃報を知ったのは今年2018/01/15のネット記事だった。
狩撫麻礼作品には色々と影響を受けたし、愉しませていただいた…
深夜のテレビドラマ「湯けむりスナイパー」「リバースエッジ大川端探偵社」も北海道で放映していたので、忘れない限り視ていた。
そこで追悼の意味でブログ記事を投稿した。
★《狩撫麻礼作品part1》マンガ原作者・狩撫麻礼さんが1月7日に亡くなっていた 訃報は残念***2018年01月16日
http://yumenoya.seesaa.net/article/456232177.html
狩撫麻礼作品には色んな思い入れがあるものだから、
1回の投稿では語れないものだから、追記も増えてかなり縦長になってしまい、
part2、part3、そして音楽番外編を書くこととなった。
http://yumenoya.seesaa.net/article/456331423.html
http://yumenoya.seesaa.net/article/456516629.html
http://yumenoya.seesaa.net/article/456386832.html
part1の記事を書いた時には、
「ボーダー」も「オールドボーイ」も引越しダンボール箱の中で、
読み返す事が出来なかったので、作品の印象で書いているから、
記憶間違いがあったら、ご容赦を…

このシリーズ記事が縁となり、月の宴さんとメールのやりとりをするようになっていた。
月の宴さんにメールで教えてもらった記事をブログで紹介したこともある。
そんなメールのやり取りの中で、
いつか酒を呑みながら狩撫麻礼作品でスカイプ宴会をやりたいね、と書いたことがある。

スカイプという便利で重宝な無料電話を
秋田の美和さんに教えてもらったのは2007年だった思うが、
この時に学生時代からのメール友達に「スカイプをやろうぜ」と呼びかけたのだが、
反応はゼロだったから、スカイプも敷居が少し高いのかな、とずっと感じていた。
この事があったので、月の宴さんがスカイプをやっているかは知らなかったけど、
そのうち是非スカイプ宴会をやりたいねーという返信があった。

そして遂に叶うのが9/22(日曜)午後9時
ファンサイトの運営者とは何人かとメールのやり取りをした事はあるけれど、
電話で話すのは初めてだし、スカイプは無料だから、
普通の電話のように通話料金を一切気にする必要が無い。

気になるマンガ家の一人にブログに何度も登場した一ノ関圭さんが居る。
一ノ関圭さんのデビュー作品「らんぷの下」(1975年/ビッグコミック掲載)
これほど鮮烈なデビュー作品には、未だに出遭っていないと思っている。
学生時代に高橋和巳、埴谷雄高、ドストエフスキーなどの小説が話題になることはあっても、
私の一番好きな江戸川乱歩作品を話題にすることは無かったし、
一ノ関圭「らんぷの下」を、コレ面白いぞと雑誌切抜きを貸したことも無い。
一ノ関圭の最初の作品集『らんぷの下』(ビッグコミックス)が出たのは1980年
デビューから5年経ってやっと単行本が出たけど、友だちに薦めたことは無い。
これは面白いと色んなお気に入り作品を薦めるようになっのは、
ホームページを開設してからで、道新にマンガコラムを書くようになってからで…
ネットが無ければ、自ら発信することは無かったように思う。
また"「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」緊急アピール"がマンガ雑誌に載ったのは2001年
貸本屋というレンタル商売をしていながら、
よほどの人気作品でなければ、新刊は買えずに古本屋で探していたから、
マンガ家に何も還元していないという負い目も少しあったので、
気に入った作品については少し積極的にホームページ(後にはブログ)で取り上げるように心がけるようになった。

一ノ関圭デビュー作品「らんぷの下」が初めて話題となったのは、
谷口ジロー・ファンサイト「「谷口ジロー」の街」の運営者とのメールだったと思う。
「らんぷの下」がビッグコミック賞を受賞した時に、
佳作を受賞したのが谷口ジローさんの「遠い声」だったからで、
一ノ関圭「らんぷの下」の話題で盛り上がった訳ではない。
スカイプを教えてくれた美和剛さんとスカイプしていた時に、
一ノ関圭さんのデビュー作品「らんぷの下」は衝撃的だったね
と一ノ関圭作品で盛り上がったのは、デビューから40年以上経ってからだった。
あのデビューの衝撃体験を共有できるのは嬉しかったー


マンガ原作者・狩撫麻礼を意識して読むようになったのは「ボーダー」を読んでからで、
それは1988〜9年頃のことだから、ファンになって30年が経っている。
今さらだが、「ボーダー」の魅力って何なのだろう??
"アウトサイダー"は少し大袈裟だが、オレは少し"あぶれた"とか"はみ出た"という意識の時に出遭った「ボーダー」は強烈だったのは確かだ。
オジサンになっても"青春"というヤツを未だに引きずっているのだろう…
(真崎守の連作マンガに「はみだし野郎」シリーズがあった。これは高校の時に雑誌で読んでいた)

狩撫麻礼作品でのスカイプ酒盛り開始は9/22(日曜)午後9時
メールでの打ち合わせ通りにスカイプを起動して、月の宴さんの呼び出しを待っていた。
そして遂に馴染みとなっているスカイプの呼び出し音が鳴ったー

メールで何度もやり取りしていたし、狩撫麻礼作品のファンだという共通認識があったので、
私は日本酒、相手は缶ビールがまだそんなに進まないうちに、
ネット宴会の会話は大いに盛上っていました。
ところでさぁー、と会話は色んな狩撫話題に飛び火しながら…
「らんえんのうた」(トオル氏)の話題になると
いつの間にか、私は落語家のイメージで"先代"と呼んでいました…
「らんえんのうた」が一代目とすると、月の宴さんは二代目ですから

スカイプを始めた最初に、"お断り"があった
混んでいる日曜なので、不調なネット回線が切れる可能性があると…
その時には、月の宴さんからまた呼び出ししますからと…
その警告のとおりに何度もスカイプは切断しました
月の宴さんは1990年頃に既にネット(当時そうは呼んでいないかも)をやっており
パソコンが何台もあって、パソコンを何度も変えたり、
最後はスマホの回線に繋ぐなど、月の宴さんは悪戦苦闘していたようですが
こちらは呼び出しを待つだけ…

スカイプでは、8/10に東京であった「狩撫麻礼追悼ナイト」の話
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/93493
月の宴さんはこれに参加、かなり幅広い年代のファンが参集したとのこと。
月の宴さんの年齢は知らないが、オジサンの私とは二回りぐらい離れているらしい。
作品「ボーダー」に感化された意味では、同じ「ボーダー」世代
雑誌に連載されていた時に生で読んでいたワケでは無いが
単行本「ボーダー」が取り持つ縁のもと、年齢差は関係が無い
「ボーダー」が魂に響いたという「ボーダー」世代が多いのだろうなぁ…

「追悼ナイト」の周りは誰もが狩撫麻礼ファン…想像しても壮観なシーンだ
色んな狩撫麻礼エピソードも話題になるなど、至福の時だったのでしょうね。
サイト「ツキノウタゲ」には「ブログにレポートを鋭意執筆、の予定」とあります。
月の宴さんの詳しいレポートに期待…
その速報は前述の「ガハハ 酒は原価が一番か」コーナーの「狩撫さんの形見」
http://caribumarley.blog116.fc2.com/blog-entry-37.html

気になっていた事に、狩撫さんは何か楽器をやっていたのだろうか…
月の宴さんに一応訊いたならば
マンガ家の仲間とロックバンドをやっていて
担当はドラムとボーカルだったらしいとのこと。ドラムかー
(私の兄貴は狩撫さんの1級上だが、ベンチャーズとか寺内タケシとかエレキギターの時代で、兄貴は高校時代にバンドを組んでいたから、狩撫さんも案外やっていたかも…)

スカイプの酒宴は、また切断し…そして呼び出し音はもう鳴らずに終宴
さすがに小説を読む元気も無くバタンキュー

そして起きたら、二日酔いの一歩手前のような少し朦朧状態だった
会話が弾むと酒のピッチもあがるから当然だぁー

スカイプには履歴が残っているので、今日10/14に確認したら、
呼び出しが20時58分…回線切断が数度…終了は深夜1時45分
何を話したのかほとんど憶えていないけど
狩撫麻礼作品や狩撫さんエピソードの話題で盛り上がったのだから


ネットを検索でウロウロしていたら次のインタビューを発見
《インタビュー記事》
★「まんが情報 Comic Box 特集・佐藤史生 夢みる惑星NOTE 1982年9月号(通巻1号) 創刊号」
「青の戦士」から「ナックル・ウォーズ」へ(狩撫麻礼&谷口ジローのインタビュー)
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/5493/interview.htm
「らんえんのうた」のトオルさんが文字起こししてくれた
インタビュー記事がYahoo!ジオシティーズにまだ残っていました!!!!
(※2019年3月末をもちましてサービス提供を終了いたします)
狩撫麻礼ファン及び谷口ジローファンは急げ
2006年8月に亡くなったトオルさん(35か36歳)に感謝して読みましょう
(文字起こしって結構大変な作業ですから。このインタビューはかなりのボリューム)

《"狩撫麻礼"名義と別離した理由とは!?》
★狩撫麻礼・FAXインタビュー一問一答(1999年)《2018/7/10追記》漫画天国「まんてん」Q&A***2004年12月09日
http://yumenoya.seesaa.net/article/394425483.html
『COMIC GON! コミック・ゴン! Vol.5 男気特集』(1999年、ミリオン出版)
「“狩撫麻礼”名義を止められたのはなぜでしょうか。」という質問に
「読者や編集部から、過去の作品の固定化したイメージを求められることに不満でした。 いましろたかしコンビの『タコポン』が無反応だったので、どうやらワンサイクルが終わったと判断して、再デビューするつもりでペンネーム“狩撫麻礼”をやめました。」
★狩撫麻礼(かりぶ・まれい)■Q&A***漫画天国「まんてん」 - 電子書籍はeBookJapan
https://www.ebookjapan.jp/ebj/special/manten/manten_05a.asp
「既に劇画界で確固たるビッグネームであった“狩撫麻礼”名義を名乗らなくなったのは何故でしょうか? そのきっかけ、特別な思いなどお聞かせ願えますでしょうか。」
「読者とは基本的に保守的なものです。私もそうでした。たとえば“白土三平”や“つげ義春”が作風やスタイルを変えると、すぐには共感(理解)できずに反発してしまうことさえあったのですから(笑)。そして数年後に作者の真の意図がわかったりして……。
それゆえ私は初期作品の印象やイメージ(狩撫節とやら)を裏切ってでも、作者として前に進まなければいけない、と判断して≪別名義≫で書くことに賭けたのです。同じことを飽きもせずに継続して版元と読者の期待にこたえるタイプの作者にはなりたくありません。」
posted by yumenoya at 13:40| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする